血を抜かれた日

10代の頃、知らない人と会っていたのは暇だったからだと話すと、東京の子っぽいなあと言われた。自分は生まれてこのかた東京でしか暮らしたことがないので、はあ、という感じなのだけれど、本当にあの頃会ってた人たちって、この自分じゃ埋められない時間をただ埋めるための人たちだったから、どんな人が来たかとか、正直それほど覚えていない。

でも、そう考えたいだけなのかもしれないと思う。だってたしかに封じたはずなのに、いまだに記憶が存在しているような気はする。なかったことにしたくて、取り急ぎその証明までしに行ったのに。

 

新宿の雑居ビル低層階。真っ白い蛍光灯の下、待合室は肩と肩が触れてしまいそうに狭い。少しやぶれかけた黒い合皮のソファに座って、わたしは自分の番号が呼ばれるのをじっと待っていた。

 

きっかけは、たまたまとあるHIV患者のブログを発見したことだった。かつてHIV患者は同性愛者の病気だと言われて来た時代があって、正直知識のなかったわたしもそんな認識だった。まさか自分がなると思っていなかった、と繰り返していたブログの主は、異性愛者だった。

ふと昔のことが頭を過ぎった。高熱、帯状疱疹、疲れ・だるさ。数えきれない「次の日」の中で、そういえばそんなことがあったような気がする。あれは狭いベッドでぎしぎしと身を寄せ合ったただの名残なのか、それとも病魔に蝕まれ始めたサインだったのか。

 

しばらく目を瞑っていた。身体に何か起きていたらあの頃のわたしが染み付いていることになるけど、もし何も起きていなかったら、今までの日々のことは全てなかったことにしよう。そう、あの日々はわたしだけが知っている思い出。わたしが忘れられれば、もう存在しないと同じなのだ。今日をもって潔白を証明し、新たな人生を歩もう。そう考えていると自分の番号が呼ばれたので、意を決して、カーテン奥の空間へ入った。

 

言われるがままに左腕の袖をまくる。チクっとしますよ。全身を流れる血は、太い注射針に繋がれたチューブを勢いよく通ってゆく。突然目の前が真っ暗になって、医師の姿が映し出された。愕然としている自分。手元には診断書。さすがになっていないだろうと思っていたし、もしかしたらそんな気もしていた。治るかわからない病気を患う恐怖でいっぱいになる。この直後半分の確率で起こりうることを受け入れる自信がない。なんで身体に熱を持ったあの日、だるいと思ったあの日、病院に駆け込まなかったんだろう。なんで自分のしたことを受け入れず今に至ったのだろう。これから起こることが怖い。怖すぎる。

わたしは気づいたら肩で息をしながら泣いていた。

「大丈夫、怖くない怖くない。」

看護士さんはその涙の訳を知っているのか知らないのかわからないような口ぶりで、でもあやすように背中をさすってくれた。カーテンで仕切られた空間に、ポンプの音がドクドクと鳴っていた。

 

地獄のような待ち時間を3時間ほど過ごしたあと、もう一度病院戻り、そのまま帰宅した。手には陰性と書かれた紙を持って。

血まで抜いて検査したら、クリアになると思っていた。実際、あっという間にクリアになった。あるか、ないかが。「見える」という意味ではクリアになったけど、これは「なかったことにする」という意味でのクリアでは無い。それに今更気づいてしまった。

 

わたしはまだ「暇だったから」以外の理由を見つけることができない。多分あの血を抜かれた日、病気への恐怖で本当の理由を忘れてしまったのだ。なかったことにできないまま。もうあの頃のわたしに、どうしてあんなことを繰り返したのか聞くことはできない。血はまだ、わたしの体内の隅から隅をぐるぐると巡っている。