退屈を解消する一番の方法は、男性のために知らない土地へ行くことだった。

学校が終わると掲示板に自分が暇を持て余していることを書き、誰かが反応してきたら連絡先を交換、1時間以内には合流。3時間後には解散。

何に突き動かされていたのか今でも謎だ。その頃のわたしは男性たちからしてみれば、言えば最寄駅まで来てくれる上に簡単にヤレちゃう、まるで宅配ピザ。そしてわたしも、1日で終わるインスタントな恋愛を求めていた。


その日は少しずつ春の足音が聴こえてきており、ミニスカートもだんだん苦でなくなってきた時期のことだった。

長身金髪ロン毛。当時のタイプの男性。インスタントガールことわたしはいつものように知らない駅で彼を待った。知らない駅はタイルの模様や梁や歩道橋からの景色が見たことなかったりするので、わたしを全く飽きさせなかった。

横断歩道から長身の男性が歩いてくる。あ、あの人だ。

「はじめまして」

「はじめまして」

顔を上げた途端、わたしは絶望した。

確かに長身で金髪でロン毛ある。しかし見た目が生理的に受け付けなかった。さらにそこから発せられる言いようのない異様な雰囲気の出で立ちをまといながらこちらを見つめている。無理。ダメだ。どうしよう。どうすればいいんだろう。

しかしわたしは逃げ方を知らなかった。退屈を解消する為ではあったが遊びをしている自覚は無かったので、どんな男性が知らない駅に現れても全力で立ち向かっていた。でもどんなに退屈でも、この人とこれから一緒の空間の一緒のベッドの中に入るのは絶対に無理だと思った。


そんなことを考えていると、さあ早く行こうと言わんばかりに金髪はスタスタと歩いて行く。逃げ方が思いつかなかったわたしはその後ろをのろのろ歩きながら、これからどうするかを考えることにした。

ゆるやかな坂道を下って行く。落ち葉がわたしの足に触れ、しばらくして金髪の足に触れる。それを合図にするように金髪は後ろを振り返り、わたしがきちんと着いて来ているか確認する。少しだけ歩く速度を上げる。また歩く速度を落とす。いつ逃げようか考える。でもまた金髪が振り返るので、また歩く速度を早める。このまま逃げても追いかけてきたらどうしよう。だってわたしの知らない土地に金髪は住み、熟知しているのだ。金髪に見えないリードで引っ張られているような気さえして、完全に支配されているような気分になった。


下り坂が終わり、古いアパートの前に着いてしまった。金髪は足取りの重いわたしをエントランスで待っていた。

「どうする?」金髪が問いかけてきた。わたしが嫌がっていることに薄々気づいていたのだろう。もうここまで来てしまったら腹を決めて飛び込まなければならないということかもしれない。でも頭のあたりにうっすら積もる白い粉を見て、やっぱり無理だと思った。

「できません。ごめんなさい。」わたしは謝った。

人間、本当に恐怖を感じると逃げることを考えられない。足が動かないからだ。ああ、言っちゃった。怖い。そのまま連れ込まれたらどうしよう。下顎が勝手にガタガタ言っていた。

金髪は少し黙った。そして、笑いながら「早く言ってくれればいいのに」と言い、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。えっ、と思わず目を見開いた。柔らかくて暖かい感触がつむじを覆う。そして「大丈夫だよ。」とまた笑った。

なんでよりによってこの人が。あの砂漠のような場所でギラギラ目を光らせている人たちしかいないのに、こんな人、いなかった。しかも今わたしが殺したも同然な人だ。その事実が悔しくてたまらなかった。糸のようにぴんと張り詰めていたものが緩む。申し訳なくて、でもすごくほっとして、知らない土地は視界がぼやけて見えなくなった。マフラーに顔を沈めると、涙がじんわり染みて顔を濡らしてしまった。ごめんなさい!と一言だけ告げて、クルッと後ろを向いて来た道を駆け足で上がった。


この出来事で出会い系遊びには少し懲りたが、数週間もすればすぐに再開した。しかしその後何度も繰り返したインスタントな恋の、肉体的な交わりと事後の少しの会話の中で、あの掌よりも染みる温もりを感じたことはなかった。

あの金髪の彼は生まれて初めて出会った、優しい男の人だった。