西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

諦めをひろった日

アニメや漫画の世界に出てくるような、「清らかな」小学校に通っていた。女の園。着崩すことを許されない、揃った制服。朝と夕方、そして食前食後の長い長いお祈りを淡々とこなし、週に2回は聖堂。先生にタメ口などもっての他で、通り過ぎる際には「こんにちは」と挨拶しなければならない。そういえばあの校内をウロウロしていたシスターたちは、今思えば教員免許を持っていたのか不明だ。もちろん娯楽は厳しく制限されていて、エロ漫画「げっちゅー」を回し読みしていたことがバレた時は視聴覚室に4時間ぐらい閉じ込められ、様々な先生に代わり番こで叱られた。

小学生の時のわたしは、実物の男性との接し方が全くわからなかった。その反動からか、テレビに出て来た自分好みの男性芸能人の名前をコレクションする『わたしの好きな男』と表紙に書かれたノートを隠し持っていたりしたけれど、実際の男性と接する機会も父と兄弟以外ほとんどなかった。

 

6年生になったわたしは、げっちゅーの件や度重なる不祥事によりエスカレーター式の中学に通うことができなくなり、受験をすることになった。しかし自力で合格できるほどの学力は無かったため塾に通った。木登りをするだけで「はしたない」とシスターに叱られていたようなわたしだったが、初めて教室に入った時は、奇声を発しながら物をぶつけ合う男子たちを見てその有り余るエネルギーにただただ圧倒されてしまった。

塾は日曜日に無料で自習室を解放していた。教育熱心だった母に言われ、わたしは毎週日曜日の昼間自習室で勉強していた。いつも同じ時間に何人かの生徒が勉強していたのだが、その日の利用者はわたしと、わたしの席の前に座るもう一人しかいなかった。トイレに行くために席を立ち、なんとなくどんな人だろうと確認してみる。なんと彼は『わたしが好きな男』ノートの一番目立つところに書いてある男性芸能人と顔がそっくりだったのだ。胸が脈打つのがわかり、頬がみるみるうちに赤くなっていくのがわかった。

トイレから帰ってくると、彼がなんと少し前の席に移動していた。とっさにわたしはしなければならない衝動にかられ、物音をなるべく立てないように、彼が前に座っていた席へ向かった。まだほんのりと温かい学習椅子が置かれた床に、短い髪の毛が落ちていた。もう一度顔を上げて、彼の丸まった背中を確認する。そして素早く髪の毛を拾って、自分の席に持ち帰りティッシュに包んでバッグに入れた。

 

次の授業の日、塾に到着すると大量の男子たちの中で彼を見つけた。他の男子は今日も消しゴムを投げあったり他の女子にちょっかいを出して遊んでいたが、彼だけは物静かに前を見て歩いていた。もちろんその姿をずっと見ていた。途中で少し話したことのある女子が彼に駆け寄り、何かを話す。2人は少し話してから別れ、彼はそのまま一番勉強ができるクラスの教室に吸い込まれて行った。

あの日以来、子供部屋の机に行くことはわたしの楽しみになった。その日も家に帰り、勉強するふりをして椅子に座る。ティッシュの包みをそっとほどき、時々指先で持ち上げてみたり、先っぽをさわってみたり。そして息で吹き飛ばされないように優しく話しかける。本当は学校を辞めたくないことを、塾のうるさい男子とは違って勉強ができてすごいねということを、懲りずにまた借りた漫画がどんなに面白いかを、話し続けた。次の日も、その次の日も。

友達に便乗したらちょっと話せたのかもしれないけれど、女子校育ちのわたしはそもそも男子への話しかけ方がよくわからなかった。無理に話しかけて気持ち悪がられるよりも髪の毛に話している方がずっと気が楽だった。たとえこの先ずっと話せなくても、あの日運良く彼の一部を拾えただけで、まあいいかなと小学生ながら思った。

 

中学に入ると男子としゃべれないなんてことは無くなったけれど、女子校に守られていたマインドは十数年経った今も全く変わらない。とにかく男性と何かあるたびに、ずっと似たようなことを思ってしまう。一緒の通学路だったからまあいいか。出会えたからまあいいか。朝まで一緒にいれたからまあいいか。ていうかむしろここまで進展したことがすごい。そうやって節々を切り取って最後のページを無理やり貼るように結果をつける。自己主張をしたり状況を変える努力をするのではなく、自分に、そして男性に、初めから小さく諦めている。

というような話を今日友達にしたら、「どんだけひねくれてんだ」とびっくりされてしまった。