西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

小さきものたちの夢

部屋の中で、小動物を飼っている。部屋に迎え入れるのは、子猫や子犬、うさぎやモルモット、ヒヨコに毛虫と、毎回ちがう、小さくてもこもこした動物だ。それを優しく両手で包んで、使っていないタンスの引き出しに入れてやる。床下、ベッドの下の隙間などのパターンもある。最初の方は1日に何度も引き出しを開けて様子を見守ったり、部屋に留守番させていることが心配で、早く帰って餌をやる。小動物は嬉しそうにわたしの手首を甘噛みし、わたしは小動物のお腹に顔をうずめる。でも次第に日々の忙しさとか、めんどくささとかそういった理由で、動物とのスキンシップができなくなっていき、引き出しを開けるのも、1日に1回、3日に1回と、だんだんペースが減ってくる。実に無責任な話だ。当然、動物は衰弱する。引き出しを開けると、濁った目をした動物が口を開けてこちらを見ている。ごめんね、お水あげるからね。そう言ってその時は沢山の餌と水をやるのだが、引き出しを閉めるても次に開けるのは自分でもいつか分からない。そうして月日が経ち、かつて動物を飼っていたことなどとっくに忘れてしまい、何ヶ月かぶりにほこりをかぶった引き出しを開ける。するとそこにはカピカピに乾きミイラ化したかつて動物だったものが目を見開いて倒れていて、

「うわ、わたし動物飼ってたこと忘れてた!!」

と叫ぶところで決まって目が覚める。19歳くらいの頃から、定期的に見る夢だ。

 

うさぎがお盆にうちに連れてこられて来た時、ゲージ代わりに入れられたダンボールの角で小さくなって震えていた。でも今じゃ1日朝晩3時間ほどゲージから出されると全速力で部屋中を駆け回っている。

うちのうさぎは絶対にトイレを守る。今のところ、膝におしっこをかけちゃったとか、そういった間違いは絶対にしない。ゲージ越しの世界をまっすぐに見据えながら100均の水切りかごに腰を据えるのは、見ていてこちらまでなんだか誇らしい気持ちになる。困ることといえば、あらゆる淵という淵をガリガリ噛みたがることと、カーペットを掘りまくって噛んでガンガン引っ張ること、あとはこうやって何か作業をしてくると、撫でることを催促するように鼻とつんつん突いてくることだ。

 

うさぎは牧草を食べていると落ち着くのか、食べながらコロコロと糞をすることが分かった。牧草入れを移動させ、トイレの前に設置してやった。

うさぎを飼う時、ペットショップの店員に注意点をいろいろ聞いていた。うさぎはデリケートな生き物で、とにかく暑さと湿度に弱い。だから部屋の温度は一定にしていてほしい。さらに毛玉を吐き出す能力がないくせになんでもかじりたがるので、お腹を壊しやすい、高いところからジャンプすると、骨折の可能性もあるなど。思ったより手のかかる子なのだなと思いながらも、これから一緒に過ごせる何年間かのそのすべての瞬間に愛情を注ぐことを決めた。

その日はうさぎを家に迎え入れて、初めて1日家を空ける日だった。

お盆休みにうさぎを迎え入れて2日ほど一緒に過ごしていたので、うさぎを置いて1日出かけることはまだ未知だった。とりあえずまだうさぎにどのくらいの分量の餌を与えればいいのか分かっていなかったので、まあこのくらいだろう、と牧草入れに牧草を入れておいた。

数日ストップしていた会社は、一気に活気を取り戻した。数日間の停止を取り戻すべく、何人もの人が昼飯を食べる時間も忘れて仕事をしていた。わたしもそのうちの一人だった。それでも頭の中はうさぎでいっぱいで、時計を見るたびに

「あと5時間・・・」

と途方も無いカウントダウンをしていた。

やっとカウントダウンがあと1時間になった時、上司に呼ばれた。「今から俺と現場立ち会ってくれない?人手が必要で・・・」

内容は撤収作業の手伝いで、1時間もかからないと思った。今日1日頭のほとんどを占めていた不安がさらに肥大化していくのが分かった。少しでも忘れようとブンブン振り払い、はい!行きます!と元気よく答えた。

撤収場所は大勢の人たちが並んでいた。真夏の夜、蒸発した汗で酔ってしまいそうだった。どうやらまだ誰も作業に入れていないようで、わたしたちもその後ろで待つことになった。一緒にプロジェクトをした顔なじみの業者さんと合流する。「最近うさぎを飼い始めて」と、うちに来て間もない子ウサギが心配だから早く帰してくれアピールを必死にしたのも虚しく、やっと入れた現場で淡々と作業をこなし、結局帰ったのは2時間後だった。

帰りの車中、上司が「肉食いてえ~。」とつぶやいた。肉ね。わたしも食べたい。疲れたからビールも飲みたい。でも今日じゃない。今日は家のウサちゃんが心配で、自分が悠々と肉を食べている場合ではないのだ。と思っていると、車はバックを始めた。窓越しに外を見ると、ネオン管の「焼肉」の文字がチカチカ目に飛び込んでいた。

 

肉を焼きながら、サンチュに肉を包みながら、ビールを上司のグラスに注ぎながら考える。今頃うさぎは牧草を食べ尽くし、飢えをしのいでゲージの金網でもかじり始めてしまっているかもいれない。うさぎは金網をかじりすぎると、不正咬合になって歯がへんな方向に曲がってしまうのだ。あるいは、その金網に爪を引っ掛け、骨を折ったり脱臼しているかもしれない。つけっぱなしのクーラーがこの猛暑で突然故障し、蒸し暑い部屋の中で蒸されているかもしれない。水がなくなり、自分のおしっこを飲んでいるかもしれない。頭の中に、定期的に見ていた夢の光景がありありと思い出される。衰弱しぐったりしているうさぎ。目の濁った動かないうさぎ。ミイラ化したうさぎ。実際に見たこともないのに、その光景はわたしの頭に実にはっきりと思い出された。その瞬間、恐怖で叫び出しそうになったのを飲み込むようにビールで白米と焼いた肉を喉の奥に流し込んだ。

「おう、よく食うな。うまいか。もっと肉食うか?」

上司が促してくれる。本当に優しくていい人だ。いつも良くしてくれて、わたしは毎日とても感謝している。でも今日はちがう。正直、肉の味もよくわからないまま口に詰め込んでいるだけだ。一刻も早く帰らなければ、うさぎが、ミイラにーーーーー

「すみません、明日朝早いの忘れちゃってました。」

立場や状況を一生懸命考え、やっと絞り出した精一杯の言葉だった。

 

マンションの前に着いた時はもう日付を超えていた。ドアを開けるのが怖かった。開けた瞬間、つい1週間前までしていた電気代節約生活の時の、あのもわっと湿り気を帯びた風が入ってくるのではないかと思って。でも開けないことには、まだ生きているかもしれないうさぎを救えない。わたしは一気にドアを開けた。

わっと冷気が全身を包み込んだ。鍵を閉め、いちもくさんにゲージに駆け寄る。「ただいま!」ずっと言いたかったのに言えなかった言葉をゲージに向かって言った。

うさぎは体を伸ばしながら夢中で牧草を食べていて、わたしが帰ってきたことなど気づいていないようだった。おいおいと思い、ゲージのすみを爪で軽くコンコンと叩く。すると「はいはいおかえり」と言い出しそうに、でもめんどくさそうにこちらを見た。どこ行ってたの!?というようなお出迎えとか、そういうのは一切無くて、黙々と牧草を口に運んでいた。ホッとして、肩の力がストンと抜けた。なんだこいつと思った。けど、なんか本当に良かった、と思った。クーラーが壊れていなかったことも、牧草があまっていたことも、うさぎが意外とマイペースなやつだったことも。

 

あの夢について、父の知り合いの夢を研究している人に聞いてみたことがある。心配事から来ている夢ですと言われた。随分適当だなと思ったけれど、よく考えてみれば19歳って浪人を始めた頃で、確かに大学院進学とか、就活とか、そういう不安定な時期に見ていたような気がする。無事就職して、独立して、この部屋にうさぎを招き入れてもうすぐ3週間が経つ今だって、心配ごとは沢山ある。

 

最近は随分お留守番に慣れたらしい。うさぎが慣れたというよりは、わたしが慣れたのかもしれないが。昨日、初めてゲージの外でおしっこをしてしまった。「すいません今おしっこ出てます」と言わんばかりに上目遣いで訴えるようにこちらを見て、自分の尻から漏れ出す温かい液体に何もできないでいるようだった。そっと抱き抱え、優しくトイレへ誘導し、おしっこをよく拭いて片付けた。この日々があと何年続くかわからないけど続く限り、この小さな動物に精一杯の愛情を注ぐことで、夢の中の小さな動物たちは、少しはわたしを許してくれるだろうか。