西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

わたしのあそこ

動物に噛まれる夢を見て目が覚めた。股間がひりひりするのと同時に、熱を持ってメチャクチャかゆい。寝ている間にものすごい掻いてしまったみたいだ。抜け殻みたいに安物のショーツが足をつたってするりと抜けた。少し前にもこんなことがあった時に買っておいた、ピンクのパッケージの軟膏を塗ってみる。なんとなく静まったような、そうでもないような。

前回のとは明らかに違うなとは思っていた。環境の変化によるストレスとか、乾燥する季節とか、そんなあいまいで生易しい言葉で片付けられる程のものではない。起き抜けに気休めで塗った軟膏の効果なんて、朝の満員電車に吸い込まれて飛んでいってしまっていた。例えるなら15cmほどのミミズのような寄生虫を1匹飼っているような気分。そいつの機嫌のいい時わたしのあそこの一番末端のところで暴れまくるので、すかさずトイレにすっ飛んで、思い切り掻いて沈める。縮れた下の毛が床にぽろぽろ落ちて、爪と指の間に突き刺さって痛い。この無数の縮れ毛が密集してここをいい温度に保っていて、虫は居心地が大変よくてさらに上機嫌になる。小躍りしながら1匹が2匹になり、2匹は4匹になり、4匹は無数の虫になる。夜までに、そんな感じの地獄を味わった。

 

金曜日、1次会が終わる頃の街。人混みをすり抜け、真四角に切り取られた照明を目印に足を運んだ。同じくらいの年代の女性が大勢座っている。ホコリ一つ無いその空間で3桁の数字が与えられ、隅の方に腰かけた。

少し待ってから向かったその個室で、コガネムシがひっくり返ったみたいな体勢にされて入り口から中をじっくり見られる。天井に設置された小さなモニターに暗い道が映し出されているのに気づいた。少しだけ首を引き、大きく息を吸ってみると、お腹がゆっくり膨らんでいるのが見えた。わたしが息を吐くと、お腹は元の姿勢を取り戻した。暗い道はぴくりとも動かなかった。

感染症です。最近誰かと性行為はしましたか?」

寝耳に水とはこのことだった。最近いっしょに寝た相手とは、セックスと呼ばれる行為の、一番うわずみだけ掬っておしまいにしたはずで。でも、無いとは言い切れない。あのなかなかの濃密な絡みで、もしかしたら彼の手や口の中に残っていた微量の病原体が、超絶天文学的数字の確率でわたしの粘膜に伝わってしまったのかもしれない。だとしたらもう、運が悪かったとしか言いようがない。でもやっぱり信じられなかった。

 

あの時もしかしたら、わたしのあそこにはそれがぶち込まれていたのかもしれない。わたしが寝てる時とかに、知らないうちに。だとしたら超腹たつし、でもわたしの無用心さにはもはやなにも言えない。でも、もうなってしまった。この熱を持ったかゆみが、あの夜を証明しているだけだ。失意の中家に帰り、バッグから小さな白い薬袋を取り出した。

あの女医さんは治療さえきちんと行えば治ると言っていたが、帰る前にその治療法とやらを聞いて、軽くめまいを覚えた。女医さんは錠剤と言っていたけれど、錠剤と呼ぶにはにわかに信じがたい大きさなのだ。確実に、今までの人生で見てきた「錠剤」の中で一番大きい。一円玉ほどある平べったい、その、ああヨーグレットだ。ヨーグレットと考えていただきたい。ヨーグレットを毎日二回、わたしの一番深い所に入れておかなければならない。

ヨーグレットを薬局で買った時、わざわざ「今日はどうされましたか?」なんて死ぬほど恥ずかしい質問をされた。こんなこと、許されるだろうか。そもそもあそこのフォーマルな名称を知らないし。ヴァギナがかゆくて来ましたとか言えばいいの?下腹部?股?デリケートゾーン?まさかま◯ことか無いだろうな。色々わかんなくて黙ってたら何度も聞いて来るし。あの薬剤師、絶対に許さない。

これは、大きなペニスをねじ込まれることとは遥かに違う。だって、乾ききったそこに指を突っ込むのは、想像していた以上にしんどい。もう足の付け根から胴体が裂けてしまいそうなのだ。更に、自分の穴に指を突っ込むことができないオナニー恐怖症のわたしにとっては、もはや苦行でしかない。石鹸で爪の間まで指をよく洗い、あらわになった下半身を限界まで広げるために、ガニ股のまま中腰になって、和式便所に跨るような姿勢になる。中指にヨーグレットをのせて、恐る恐る指を中に入れていく。なかなか奥まで進まない。下の口はあからさまに拒否していて、最初ぺっと吐き出してしまった。「いや頼む、飲み込んでくれよ」もはや誰に声をかけているかわからない声が部屋に響く。奥へ奥へとめり込ませると、何かに反応してヨーグレットがしゅわしゅわ音を立て泡を吹き出す。最近ツイッターで話題になっていた、簡単ナス料理のレシピを思い出す。電子レンジで2分ほどチンされて、両親指を傷口にめりめりねじ込まれてそのまま真っ二つに引き裂かれ、中にバターをねじ込まれたナス。醤油とかつお節をかけられたそのナスはわたしに美味しくいただかれた訳だが、わたしのナスはまだいただかれるには待ったをかけられた、ばい菌持ちのナスだ。

若くして処女を失ったせいか、なんというか、今まで自分の下腹部を人ごとみたいに思っていた節があって、何かと便利な道具みたいに使ってきた。その意識が貞操観念の圧倒的欠如を招いていたのかもしれないのだけれど。思わず「ウッ」と出るその声は、もちろん快楽とは真裏の場所の、眉間にしわを寄せ口をへの字にした苦しみ100%の表情から漏れる、ウシガエルみたいな醜い声だ。突っ込む指は短く遠い。ヨーグレットを初めて一番奥に置いた時、26歳にしてわたしはわたしのあそこと初めて対峙した気がした。わたしのあそこは、ハサミとかホッチキスと同列の道具では決してなくて、正真正銘、わたしの身体の内側に開通する、深い道だった。

 

次の金曜日が来る頃には、かゆみは嘘みたいに無くなった。あまりの爽快感で昔より清潔になった気さえした。次にここを使うのはいつだろう。次に入ってくるものは何だろう。もしかして、そう遠くないうちにだれかの通り道になったりして。それまでにこの道で起きたことは、ヨーグレットのしゅわしゅわの泡に洗い流されてもう忘れてしまった。思い出せるのは婦人科の天井の小さなモニターに映った、誰もいない暗く静かな道のことだけだ。