半分の夜

子供の時母から一人用の敷布団が与えられてから、わたしにとって夜とはずっと一人のものだった。

たとえ家ではない場所で同じ布団を誰かと分かち合って、その下で互いの手が触れ合っていたとしても、その夜を誰かと分け合っているという意識は感じたことがない。男の頭を抱えて寝るのが好きだが、朝になると結局その手は離れて、虚無だけをつかんでいる。その事実にもう諦めているところがある。

『明日はうまくいくと思う。』

夜空が見えない窓に向かって話をするように、でも頭の中だけでそう反響させるだけで、本当にその言葉通りになるような気がした。

「明日はうまくいくと思う。」

この広すぎる部屋に引っ越してからは、頭の中だけに反響していたはずの声が無造作に置かれた冷蔵庫の裏やベッドの下に消えて行った。

 

この部屋の第二の住人にうさぎを受け入れようと決めたのは、先月のこと。安くて鳴かなくて世話がしやすいことに惹かれた。

垂れ耳のうさぎ・ロップイヤー目当てでペットショップを周り、相場や大きさなどだいたい把握した。何件目かのペットショップの薄汚れたゲージのガラス越しで、多くの小さな仲間に囲まれて、そいつはじっと目を閉じて時間がすぎるのを待っていた。別のうさぎの半額以下で叩き売りされていた、ネザーランドドワーフ

「このうさぎ、なんでこんなに安いんですか?」

「正直小さい子の方が売れるんですよ。この子は少し大きくなりすぎてしまったので、この値段なんです。」

確かに他のうさぎに比べると明らかに大きい。でも生まれた早さは2ヶ月やそこらの違いだ。それにこのうさぎの毛の模様は妙に色っぽくていい。耳なんて、ベロア生地みたいだ。気づいたら、このうさぎとの生活しか考えられなくなった。

「ほら、今度の火曜日、ママが迎えに来てくれるから、いい子にちて待ってるんでちゅよ~。」

店員があやし始める。抱っこして背中をポンポンする店員の背中越しに抱かれるうさぎの目とわたしの目が合った。

 

数日後、わたしとうさぎはタクシーに揺られながら20分ほどのその道のりを辿っていた。粗末な段ボール箱の中でうさぎは最初暴れまわっていたけど、そのうちぴたっと静かになった。

家に着いて段ボールを開けると、うさぎは端の方でおもらしをしながらガタガタ震えてこちらを見上げていた。

「ごめんごめん、怖かったね。ここは怖いところじゃないよ。」

うさぎを抱えて、ゲージに入るように促した。

 

初日からベタベタ触ったり見すぎてはいけないとのことだったので、少し離れたところで見守りながら話しかけることにした。

「あんなに赤ちゃんことばで話しかけて、あの店員失礼だと思わない?」

移動の疲労でお腹が空いていたのか牧草にむしゃぶりついていたうさぎが、少しだけこちらを見た。そのまま横にバタッと倒れて、足を伸ばした。ショップで聞いていたよりも肝が座っているような気がした。

 

そういえば昨日は眠れなかったんだった。今まで当たり前に一人で過ごして来た夜が二人のものになるかもしれないなんて、考えただけでどきどきした。

「明日はうまく行くと思う。」

今まで冷蔵庫の裏やベッドの下に吸い込まれて行ったその言葉は、大きくて長い耳に届き続けるだろうか。わたしはこれからしばらく、彼女と夜を半分ずつ分け合うことになった。