西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

バスに乗って

先週も会社で、あいも変わらず下っ端業務をこなしていた。雑用係は嫌いではない。余計な責任を追わなくてもいいから。でも、せっかく入ったので早くここから脱却したい気持ちもある。なにか大いなることをして、周囲のひとをあっと驚かせてみたい。会社の人たちがきょとんと黙る顔を見てみたい。 そんな秘めた想いがあった。

年に1度しかないその資格試験は、偶然にも現在受験者を受け付けていて、締切は3日後だった。これはただの偶然ではないと思ってしまい、わたしは、とある資格試験を受けることにした。

膨大な提出資料をまとめていると、大学の卒業証明書が必要なことが分かった。どうやら卒業生は証明書を作るのに、わざわざキャンパスまで出向かなければならないらしい。郵送だと一週間ほどかかるそうだ。もう間に合わないので、半ば仕方なく、卒業して以来行っていなかった大学のキャンパスに足を運ぶことになった。

 

わざわざ午前休を取って向かったその場所へは1時間半で行けるはずだったのに、ちんたら電車を間違えていたら2時間もかかってしまった。下車してすぐに青いバスに乗り込む。東京のはずれの、大きな川とトンネルを抜けた先にある広い原っぱの中に、その場所はある。学校に行く、というよりは、広大な土地にぽつんと置かれた不思議な形をした窓の建物を目指すと言った方がしっくり来る気がする。初夏のきらめくような新緑の中を駆け抜けるのをぼーっと横目で見ていたら、大きな荷物を抱えたベレー帽の女の子が降り支度をし始めたので、わたしも席を立った。

およそ2年ぶりのキャンパス。懐かしいとはまだ思わなかった。むしろこんな遠い所へよく毎日通っていたなと、当時の自分をねぎらった。でも、森とベレー帽の女の子と不思議な窓の建物のせいか、ずいぶん夢みたいなところに来てしまったなと思った。

事務的な手続きを済ませて資料を受け取り、わたしはいつもの生活に戻るため再びバスを待った。

10分ほど待ったところで、バスはやっと停留所に到着した。それまでスマートフォンに夢中になっていたが到着したので目線を正面に戻すと、目の前に窓ガラスがあった。わたしはそのガラスの中で、妙に大人びた顔つきで佇んでいた。

 

自分の核の部分は15歳ぐらいの時から変わっていないと思っていたし、あまり老けて見られる外見ではないので、老いることをさほど気にしてはいなかった。でも、たしかに確実に時は経っているのだ。そんなこと頭ではわかっていたのに、毎日の生活ではそんなこと当たり前すぎてなかなか気づかない。

やたらまざまざと自分が老けたことを突きつけられた気分になった。周りに若い人がたくさんいたからかもしれない。でも、自分が大きな荷物を持ってこの列に溶け込んでいた頃の顔を、全く思い出すことができなかった。

そしてあたりを見回して少し考えた。こういう未来になることって、いつから考えてたんだっけ。この未来になることって、誰かと約束したんだっけ。この未来に、この場所は結局関係あったんだっけ。人に納得してもらうための簡単な短い文章なら思い出せるのに、その答えに行きつくまでの紆余曲折を、すっかり思い出せなくなっていた。

そうやって、全部忘れて行ってしまうのだろうか。キャベツの葉を一枚ずつ剥いでいくように、当たり前だと思っていたことから、ひとひらずつ。取りこぼしてしまっても、そのひとひらさえも拾って抱きしめてこれからも生きていきたいと思っていたはずなのに、それは意外と難しいことなのだろうか。それとも、本当のところ今となっては、結構どうでもよく思っているのかもしれないとも思った。

 

駅前のロータリーは、こんなに晴れているのに今日も薄暗かった。駅前のミスドで昼ごはんを食べたかったが、上司から留守電が入っていた為早く会社に戻ることにした。

ホームでわたしを待ち構えていた日常行きの電車のガラスは、照り返す12時の初夏の太陽がまぶしくて、直視することができなかった。