西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

NOW ON AIR

わたしの席は、うしろにラジオがある席だ。

下っ端のわたしは、毎朝一番早く会社に来てラジオにスイッチを入れる。突起物を指で軽くぽんと押してしばらくすると、息を吹き返したように爽やかな時間を一気に奏で出す。それまで静まり返っていた部屋は、一気にあざやかに体に飛び込んでくる。あまりに大きく情景が切り替わるので、1日はここから始まるような、そんな気さえする。

今日も誰かの手にかかって作られた音楽が新曲として紹介され、流され、やがて見えなくなっていく。

 

大学生の頃、わたしは売れないバンドのキーボーディストだった。よく出演するライブハウスには同じ夢を追う仲間がいっぱいいて、互いのバンドのライブにもよく足を運んだ。わたしたちはお互いの成長をお互いで見ていたいと思っていたし、心の底では自分たちにとって大事なライブの動員を増やしたいためとも思っていた。

友達バンド伝いで新たに友達ができることがあった。友達にならなくとも友達の共演者とは打ち上げの席で軽く会話を交わすことはあったけど、その場限りで終わるということもあった。だから、「なんとなく名前は知ってるしライブも何度か見たことがある」というバンドはとてもたくさんあった。

 

先日、いつものようにラジオのスイッチをつけると聴き覚えのある名前が聞こえて来て、耳を疑った。

 

遠くから、ずっと見ていた。5年前友達のバンドの主催ライブに出ていて、かっこいいなと思っていた。多分かっこよかったですと直接本人たちに言ったと思う。その後何度かライブを見る機会があったり、そのバンドの情報がリツイートなどで回ってくることがあった。結構長いことやっているらしく、バンド表記を一瞬変えたり、メンバーチェンジをしたりしているのもなんとなく見ていて、ずっとバンドやると色々あるんだなあと思っていた。

 

そのバンドだった。

さらに軽く調べただけで、流れていた曲が深夜アニメの大型タイアップであるという情報が出て来た。思わず手で口を覆った。

 

わたしがバンドを辞めてすぐに、打ち上げで一緒になった同年代のバンドが数組デビューした。頭が痛くなるほど嫉妬した。もう張り合う相手ではないはずなのに、未だにタワーレコードの入り口に大きくポップアップが出ている音源を聴いたことがない。というか、聴けない。下手くそだったし売れなかったけど、好きだったから頑張ってきた音楽活動を取り上げて遠いところに大きく振り投げたのはわたし自身なはずなのに、どこかで「まだできるかもしれない」という気持ちがあったのだろう。その割には不安定な、何者でもない時間が多すぎた。

 

彼らがこうなるまでの思いは、辞めたのわたしの捨て台詞みたいな嫉妬なんかきっと比べ物にならなかったんだろうなと思う。

記憶の干潟にできた溝には早すぎる川が流れていたけれど、片手でスイッチを押すとじきに埋まった。彼らはあまりに遠いところにいたけど、話もしたことなかったのに、向こうは知っているかもわからないのに、向こう岸で手を降っているような気がした。わたしはその姿を確認できたことに感動した。

ほかの同年代のバンドのデビューが決まった時はあれほど悔しかったのに、一言も会話をしたことがないそのバンドの偉業は、何故か心の底から嬉しかった。

 

わたしはラジオをつける作業が好きだ。わたしはここにいる、毎日そう繰り返し告げることができる、1番簡単な方法。彼らは流行の荒波の中、ここにいると世間に爪痕をつけている。それに比べたらわたしのなんて、いち組織のいち部屋で、あまりに軽いけど、わたしの日常は宇宙とたしかにシンクロした。

 

朝日がブラインドの隙間から差し込んで、わたしの小さな席と、そのうしろを照らす。ここの部屋の彩りは、この誰にも邪魔されたく無い大事な時間からはじまる。どれだけ存在価値が無くなっても、どれだけ偉くなっても、毎朝ラジオを付ける係は続けていたい。誰かに言われたちいさな仕事でも、こうやって些細過ぎる居場所を見いだせれば、自我を保っていける気がするのだ。

明日の朝も、一番早く会社に行って、うしろのラジオにスイッチを入れる。