西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

忙しなさの果てに

年度初めの1週間はとにかく忙しかった。入社して間もない中で様々な現場を経験できたのはありがたかったが、オシャレなインテリアを置く計画をしていたわたしの8畳の城は、もはや寝る為だけの箱と化した。
それでも文化的な生活を営むための最低限の家事は強いられた。特に洗濯物はよく溜まる。回して干す時間があったら寝たいのだが、そうはいかない。実家から持ってきた何かのオマケの洗剤は、何回か使うともう底をついてしまった。タクシーで家に帰って、やっとの思いでシャワーを浴びて、歯を磨いて眠って、いつのまにか朝になり、また歯を磨いて家を出る。たったそれだけなのに、体から出た不要なものは、衣類に付着してあっという間に部屋を占領する。ドラッグストアは閉店しているし、少し離れたスーパーにわざわざ行くのはめんどくさい。仕方ないので少し値段は張るがコンビニで手を打つことにした。

近所のコンビニは謎のセールを開催しており、洗剤が通常価格より50円ほど安かった。ここで洗剤を買う人などそうそういないのか、埃をかぶっていた。やっと洗濯ができる。いくら部屋が汚くても、身なりだけは綺麗にしておきたいと思ってしまうのは女の性だ。銘柄の選択肢は与えられなかったが、満たされた思いで帰宅した。

洗濯機に入れて、スイッチを押す。その間にさっとシャワーを浴び、歯を磨く。洗濯機が停止したので、洗いあがった衣類になんとなく鼻を付けると、一瞬時が止まったような気がした。
嗅いだことのある香りだった。

いつも忙しそうにしていた。そして余裕があまりなさそうだった。いい歳して実家でのうのうと学生生活を満喫していた私のことを、本当はあまりよく思っていなかったのかもしれない。それでも私が一緒にいたいと言ったから少しだけ私と一緒にいてくれた人。

その忙しい人の家に置いていたパジャマが段ボールに詰まって送られてきた時、箱を開けるとぶわっとその香りで部屋がいっぱいになってしまい、どうすることもできなくなって中身を全部捨てたことを思い出した。
でもたまに街ですれ違った人から同じ香りがすると、思わず振り返ってしまった。もう二度ともう思い出したくないと思っていたけど、多分心のどこかで探していたこの香りは、自分が自分であることを忘れてしまいそうなくらい不安定な生活の果てに居座り、わたしを待ちかまえていたのだった。

比較的穏やかな一週目の土日を迎え、部屋でも綺麗にするかと思い立った。まだ閉店まで時間のあるドラッグストアで、トイレットペーパーと詰め替えのシャンプーと、新しい洗剤を買った。
コンビニの洗剤は、遊びに来た友人にあげた。あのことはもうほとんど消化できた。けどあの香りを自分の生活の一部にすることだけは、もう少しだけ時間が必要だと思った。わたしはまだあの人より忙しい人ではないし、という言い訳で。