西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

粥の味

学生最後の一人旅でニューヨークを選んだことに特別な理由はなかった。しばらく長い遠出はできなそうなので、まだ行ったことのない遠くの土地を踏んでみたい。そんな軽い気持ちだった。でも、加えてわたしには28歳になるまでにもしニューヨークに行く機会があったらやってみたいことがあった。

 

両親の新婚旅行の土地はニューヨークだったらしい。

当時、母は28歳。5歳年上の父と結婚したばかりで、その後3人の子供を育て上げることになる。まだ母は、母ではなかった。

母から幼い頃聞かされてきた新婚旅行の思い出話は決まって2パターンあった。1つは、飛行機の中からオーロラを見れてとても嬉しかったこと。もう1つは、チャイナタウンで食べた中華粥がとても美味しかったこと。彼女は若い頃のことを話したがらないのだが、この2つの話だけはよほど良い記憶として残っているのか、繰り返しわたしたち兄弟に話してくれた。

 

オーロラを見ることができるのは、アラスカ経由での飛行ルート。現在このルートは廃止され、ニューヨーク行きの飛行機からオーロラを見るすべはもう無くなってしまったらしい。

 

ニューヨークに行ったらやってみたかったこと。それは、あと1つだけ残された両親の思い出を辿ること。つまりチャイナタウンで朝粥を食べることだった。

 

実に刺激的な街だった。24時間きらめくネオン、高すぎるビル、最新のトレンド。だから正直、旅の思い出に朝粥が強く印象に残っている理由がわからなかった。その理由を探ってみたかった。

 

いつも暇なくせに、滞在中諸々の締め切りに追われた。ニューヨークと東京の時差は13時間。ここでの朝は、東京の夜。朝に作業をしなければ、その日の日付に間に合わない。

宿泊しているホテルは、チャイナタウンが密集しているCanal stationから少し遠い。

メトロで行けばそんなにかからないのだが、ニューヨークは交通費がとても高い。朝ごはんを食べるためだけに往復600円の交通費は気が引けた。

 

母は、これから始まる新しい人生に胸をときめかせていたことだろう。でももしかしたら、いくらか不安もあったかもしれない。どんな気持ちでニューヨークの地を踏んだのだろう。

4/1、新しい身分となったわたしは、とりあえずこれからの生活にひどく不安な気持ちに駆られている。28歳は2年後。その頃わたしはどこで何をしているかわからないけれど、少なくとも母になるなんて今のところは考えられなくて、常に自分のことで精一杯だ。

 

結局わたしは、滞在中朝粥を食べることができなかった。

でも、28歳の母の記憶に眠る朝粥の理由を辿るには、わたしにはまだ子供すぎるような気もした。