西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

あたらしい街で

知らない街で一人暮らしを初めて、1週間が経つ。

 

26年間当たり前のように東京で呼吸してきたわたしは、自分で生活を始めてみて色々なことを知った。

カーテンがないと窓際は寒いということ。

ガスは立会いのもと申し込みをしなければ使えないということ。

ヤマトの再配達アプリはとても便利だということ。

シャワーカーテンは1日に1度は拭かなければならなくて、水が飛び散った床を拭く方がまだ楽だということ。

 

人生で1回しか降りたことがなかったのになんとなく居住地に決めたこの街は、本当に便利な街だ。ひとつの街がここまで生活として完成されたものとなっていることに驚いた。楽しいことも便利なことも、この街でほぼことたりる。

新しいことをたくさん覚えたわたしは、新しい生活と、環境と、人間関係を手に入れた。新しい街で柔軟剤を自分で選んだ。ドラッグストアの普通の柔軟剤だが、衣類は今まで直接嗅いだことがない香りになって、新しい生活をさらに演出してくれるのではないかと思った。

 

ここ最近卒業など過去を清算することがばたばたと重なったり、まだ一週間しか経っていないのに今の街で経験することが多すぎて、どんどん自分という存在が塗り替えられていく音がする。学校から同じ家に帰って、同じひとの作るごはんを食べる、と幼少期から成人してしばらく経つまで同じ生活をしてきたわたしは、いつかどこかへ行ってしまうんだろうかと、昨日の夜少し怖くなった。

誰が恋しいとか誰に会いたいとかじゃない。新しいドラマがどんどん重なっていくことで、かつてのドラマが見えなくなって行ってしまうことが寂しいだけなんだと思う。

 

今朝も実家のある地域を路線図で目にして、様々な記憶が顔を出した。そしてかつての生活を送っていたわたしが見えた気がした。でも少し忙しい朝だったので、今日のところは新しい柔軟剤の香りで一旦見なかったことにしてしまった。早く取り出してあげないと。忙しいことを理由に後回しにしていたら、かつての街で泣いたり笑ったりしたドラマのテープはどこに置いたかわからなくなってしまいそうだ。