西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

つよいということ

学部4年の時所属していた研究室が設立10周年を迎えたため、記念パーティーが行われるとの知らせを受けた。

基本的にこのような催し物がある場合大体全部足を運ぶが、今回ばかりは迷った。

専攻していた建築・空間デザインに全く興味がなくなってしまい、別の道を選んだので、正直あまり考えずに研究室を選んだ。この学科は特に専門的であることもあり、わざわざ違う道に進む人は少ない。わたしもそのうちの一人だったため、大学院入学が決まった時も学科内ではイロモノ扱いだった。自分で選んだ道だったが、4年間学んだことと違う道に行くことに、どこかで負い目を感じていた。しかしせっかくのお誘いだったので、お祝いするより、何らかの繋がりができればいいな、ぐらいの気持ちで行ってみることにした。

 

懐かしい面々が揃っていた。卒業ぶりに会う友達も多くいた。

世代違えど、同じ門下生。さすがにこれだけデザイナーが集まると、独特の雰囲気を纏う。

わたしたち卒業生は学年ごとに円卓に座らされ、教授は10個の円卓をそれぞれ回って紹興酒を煽っていた。

 

わたしたちの席に着席するなり、教授はカバンを探り始めた。

そうそう、君たちの学年だけ謝恩会の時寄せ書きをくれたんだよね。それを俺持って来たんだよ。そんなことを言い出すものだから、当然円卓は湧いた。

謝恩会のことなんて、死ぬほど酒を飲み酔いつぶれて気づいたら友達の家でゲロまみれになって寝かされていたことしか記憶になかったので、教授に寄せ書きを書いて渡したことなんて忘れていた。だから何を書いたのか、全く覚えていなかった。

かつて大事だと思って書き記したものをあとで見返すことはどうしてこんなにも勇気のいる行為なんだろう。書いた頃は見えていなかったものが今見えてしまっているからだろうか。あの頃の自分へ、どこか引け目を感じてしまうからだろうか。

みんなが教授への感謝の気持ちを書いていた。別に特に感謝の気持ちもなかったはずのわたしは何て書いてたんだろう。なんだか嫌な予感がした。おそるおそる見てみると、そこには『今はこんなですけど、5年後ぐらいを見ててください。』と一言書いてあるだけだった。

 

あの頃、バンドもデザインも中途半端でやりたいことがわからなくなってて、というかどの道に進めばいいかわからなくて、とりあえず毎回研究会ででかいことを言って自分を奮い立たせていた。

そんなわたしを教授は「よっ、巨匠(笑)」とか呼んでいた。でも、もう大口叩きすぎて後戻りできなかったので鼻で笑われてるのを気にするのはやめた。

その言葉を実現しなきゃいけないのに何にもわからなかったから、誰かに決めてもらいたくて、何かやらせてくださいと各所で名刺を渡して回っていた。必死だった。

 

あれから2年後。わたしは今月末に大学院を卒業しようとしている。

まがいなりにも自分が何に興味があって何者であるか、あの頃よりはわかって来たような気がする。

でも、もう2年経ってしまった。

わからなかった頃わからないなりにがむしゃらにもがいていたあのガッツが、怖気付いてしまい出せなくなってしまった。それは何かがわかってしまったからか。そんなことしても無駄だと自分で決めつけているからか。ウジウジしていたら、自分で決めたタイムリミットがあと3年に迫っていたのだった。

忙しい日々に追われ、そんなことを書いたということも忘れてしまっていた。今思えば、2年前のわたしは今より何も知らなかった分、強かったのだ。

 

教授は寄せ書きを仕舞ってからわたしと顔を合わせるなり、「ゲイダイはどうですか?まあ、ぼく君からDM送ってもらった卒展行”か”なかったけどね。はは」とわざわざ言って来た。24歳のわたしは、実に可愛いくない教え子だったと思う。でも、24歳のわたしに負けたく無いから、この人の前では絶対丸くなっちゃいけないなと思った。

わたしは生意気に「もったいなかったと思いますよ」と言っておいた。