西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

決断はいま

まだ厳しい寒さの残る頃、実家を出ることが決定した。物件情報アプリを複数インストールし、暇さえあれば新着物件をパトロールする日々に明け暮れていた。

この時期、物件の数は特に多い。毎日毎日新しい物件が更新されて行く。希望の新居のエリアを特にどこと指定していたわけではなかったから、じつに様々な場所のいろんな間取りを見た。
何件か目星を立てても、毎日更新される物件情報に飲み込まれる。見まくったので、ついに広告表示までされるようになってしまった。何かパソコンで別の作業をしていても、常に見たことのない物件の情報が目に飛び込んでくる。「仲介手数料今なら50%OFF!」とか「礼金ゼロ」とか、そんな文字を見て並べて、頭が痛くなってくる。でも今検討している何件かの物件より条件がいいかもしれなくて、ついつい見てしまう。そんなことを繰り返していたら、結局自分が住む場所として大事にしたい条件が、溢れる情報のあぶくで見えなくなってしまった。

同じような経験をしたことがあることを思い出した。出会い系アプリで、登録している大勢の男性のデータを隅から隅まで見て、この人だと思う人にメッセージを送っていた。しかし仲良くなれそうだと思ってやりとりをしていても、もっといい人がいるかもしれないと思って、どうしてもまたアクセスしてしまう。流れるように出現する顔とスペックのデータの中に、もっといい条件の「物件」と出会えるかもしれないという期待を捨てきれないのである。

何も持っていない状態から脱出する時、新しい出会いとは麻薬のように脳を支配する。
知らなくてよかったことは簡単に知れるようになった。わたしたちが満潮の海に取り残された時、きっと決断を鈍らせるように。
心地いいとか、あたたかいとか、そういう目に見えないけどどこかで期待しているものは、情報の洪水の中でわたしたちが堰き止めてあげていないと、どうしても押し流されてしまう。

春の足音が聞こえてくるごとに、決断は迫られた。結局適当に入った不動産屋さんとなんだか意気投合してしまい、いい部屋を紹介してもらった。今まで散々ネット上で物件を見てきた時間とはなんだったのだろうと思ったけど、結局どこにも縁がなかったのだろう。
問い合わせをしていた不動産会社から大量のメッセージが届いた。もっといい条件のお部屋をご紹介できますよ。うちで契約すれば仲介手数料はかかりませんよ、それでもいいんですか。わたしは、ひとつひとつに結構ですすみませんと返信した。
情報を収集して比較し、一番いい条件で潔く決めるやり方は、多分向いていない。思い返せば、人生を変える程大事な決断はこの全く経済的ではない方法で選んできた気がする。でも今、不思議と後悔はしていないのだ。