西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

沈んだかけらを探してる

修了制作で「女の子が出会い系アプリで出会った数人と過ごした時間を記録した映像」を発表したが、この作品内でたくさんの男性と出会う主人公の女の子の名前を「イルカちゃん」としていた。

 

「イルカ」
かつてのわたしの名前である。


16歳だったわたしは、クラスに友達がいなくてやりたいことも無い、ただただ未来に絶望する高校生だった。
そんなわたしが唯一没頭していたのが、SNSで知らない人と話をすることだった。暇さえあれば、自らを「イルカ」と名乗って常駐していた。画面の向こう側にはどんなに夜遅くても誰かがいて、今でいうツイッターのようにリアルタイムでの会話を楽しんでいた。
集っていたのは、元バンドマン、ニート、留年美大生、会社員・・・・くだらない話しかしないが、時にお互いが現実で抱える悩みを吐露し合う。ここでの生活がとても充実していたので、どんなに毎日が楽しくなくても、イルカとしてネットの海に漂う小さな孤島にいる間だけ、わたしは無敵だった。


無敵だったはずだった。
わたしたちは同じ地域に住んでいるもの同士、互いの姿を見てみたいと思うようになり、現実の世界で出会う試みをした。肉体が目の前に現れた瞬間、楽しかった文字だけの会話は現世の人間の営みと変化した。向こう側を文字情報だけで想像してワクワクしていた頃に到底生まれなかった憎しみ、怒り、そして恋愛感情といった複雑な感情は、わたしたちの間に存在していた純度の高い絆に細かい傷を沢山つけた。わたしもなかなか濃く営んだおかげで、一部の住人たちに憎しみを買ったり買われて、苦い思い出となってしまった。
わたしたちの会話は、文字だけで終わらせておけばよくて、欲を出して、互いの姿を見たいなど思わなければよかったのだった。それに気づいた時は、住人たちはなんとなく疎遠になっていって、一人また一人といなくなった。やがてわたしもいなくなった。
そしてイルカは、わたしの手によって長らく封印されていた。
10年後、自らの手で掬いあげられるまでは。


修了制作・研究を進行させるにあたって、あの住人と今連絡を取って話をしたら何か新たなことに気づくことがあるかもしれないと思った。その頃はネットで本名を晒すなんて一番恐れていたことだったが、住人のなかで一人だけ本名を堂々と晒していた変な人物がいたことを思い出した。
なんとなく覚えていたその印象的な名前は、Facebookにも存在していた。
メッセージを送って、少し経って返信が来た。
『超懐かしい!!!!!元気だった??』
わたしたちは、10年越しに初めて出会ってみることにした。


毎日お互いどんなことを考えていたか簡単に見れたし、自撮りもそれなりに投稿していたせいだろうか。
一度も会ったことがなかったのに、彼の姿はすぐにわかったし、待ち合わせは一瞬で相手が分かったし再会に近い喜びを感じたのが不思議だった。彼はわたしのことをイルカちゃんと呼んで来た。もうイルカでなくなって久しいので、さすがにそれはやめよう、と言った。


10年前繰り広げられたあれこれの思い出話は、なかなか尽きなかった。封印して二度と語らないはずだった思い出は、久しぶりに眺めて見ると意外と笑える要素だらけで、若かりし頃を恥ずかしくもほほえましく見つめることができた。
彼がこう口にした。


「もう、あれはもはや前世の話だよね」


前世。
誰にも見送られないまま孤島を離れた時、自らの頭を海水に打ち付け、わたしはわたしに殺された。泳げないイルカは海に沈んで散り散りになった。誰も見ていなかったから、イルカが死んだことを誰も知る由がなかった。
わたしの中身は、幸いすぐ人間の姿を見つけて次の人生を送ることができたが、平穏な日々を送っているにもかかわらず、イルカだったことがフラッシュバックしてしまうことがあった。
表現して消化するために、今も繰り返し海に再び飛び込み、散り散りになったイルカの身体を一片ずつ掬い上げ、もう一度つなぎ合わせるという途方も無い作業を続けているのだ。


会ったこともなかったのに、色々あったね、とお互い10年をねぎらった。あの頃は違ったのに、いまのわたしたちの人生は、大学や所属する業界が偶然にも少しずつ重なっていることが判明した。現実のコミュニティに取り込んでもおかしくないほど近い関係。これからはそっちの友達としてよろしく、と言い合った。
現世で新しい友達ができて嬉しかった。
でもやっと成仏できたイルカが、少し寂しそうにこちらを見ている気がした。


わたしは自らの手によって移った新しい浮世を渡りながら、本当にイルカだった頃の話を、前世の話をしていたいのかもしれない。
16歳だったイルカは、クラスに友達がいなくてやりたいことも無い、ただただ未来に絶望する高校生だった。10年かけてなんとか出来た目標が「前世の姿イルカを追うこと」であることは、自分で語るのにもなんともおかしな話である。