西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

捨てられない変えられない

今日、外でiPhoneを弄んでたら、誤ってアスファルトに落として画面にヒビを入れてしまった。2年以上大事に大事に使ってきたiPhoneは少し誤作動が多くなってきたので、そろそろ中古で新しいものでも買ってこいつは売ろうかなと思っていた。その矢先に、私のミスで傷をつけてしまった。こいつはもう売り物にはならないだろう。

 

前回iPhoneを変えようとした時もほぼ同じだった。機種変更する前日に地面に叩きつけてしまい、画面を割ってしまった。その時もそのiPhoneの中身をフォーマットして売ろうとしていたのに、一銭の価値もなくなってしまったのだ。お陰で前のiPhoneはまだ私の家で静かに眠っている。

 

大事にしてきたものほどこちらが一方的に突き放そうとすると、すがるように最後の抵抗を見せてくることがある。わたしは断捨離が苦手な人間なので、そうやって小さな抵抗を見せられると、思わず手を差し伸べてしまって、結局手元に置いておいてしまう。そうやって捨て切れないものをいくつも抱えておいて良かったことなんて、数えるほどしかないのだけれど。

 

でも断捨離できなかった結果が、万が一を救ってくれることがある。思えば小さなピンチを乗り越えて来られたのも、無かったことにできなかった経験や物を活かしたケースが多い。

 

自分がインターネットを介した出会いの研究をする為に、高校生の時オフ会で出会った男性に何年かぶりに連絡を取ってみた。そして今日ついに、話を聞くことが出来た。オフ会の記憶など早く抹消したかったはずなのに、自分が何者であるかを決定づける要素となっている。

 

結局こうして、変えられない過去を捨てないことで支えられている。未来を自分で切り開く力はわたしにはきっとない。このiPhoneもわたしの手を離れることなく、いずれわたしの目となり耳となりそして脳となり未来のわたしを救うのかもしれない。そう思うとこのバリバリの傷も少し愛せる気が…するわけない。傷ついたことは事実なのだから。