西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

愛することは憎むことかもしれないけど、憎むことは愛することではないかもしれない

ツイッターTLで思い出深い曲をシェアしている人を今日も見かけてしまった。

もう何年も聴いていないその曲のタイトルを私はつい見てしまうのだけれど。

 

 

去年の暮れあたりから、昔付き合ってた人がinstagramのストーリーをのぞいて来る回数が多くなったことに気がついた。

彼に奥さんができたことを知り、気づいたらSNSのフォローを全部外していた。それが随分前。私と彼はナンパで知り合ったので、共通の友人はいても共通のコミュニティが存在しない。だから私の近況を誰かから人づてに聞くことはほぼ0%ない。私側も、彼の近況が耳に入って来ることはない。

 

 

「幸せすぎて思わず泣いてしまいました!」という文章と一緒に笑顔の結婚式の写真を上げているアカウントで元カノの日常をチェックするというのはどういう神経をしているのだろう。女は恋を上書き保存するけど、男は別名保存?そんなの知らんがな。通用しねえよ。昨日あれこれ考えてみてしまったのだけど、やっぱり行動をどうしても理解できなくて、昨晩ブロックしてしまった。

 

 

もうこれで、私たちは二度と繋がらない。

 

それでも、毎日情報は私たちの目と耳に流れ込んで支配する。

 

 

彼は次、いつあの曲のタイトルを見るのだろう。長く付き合ったから、該当する曲はたくさんある。

これからは、毎日かさ増しする情報の海にたまに落ちているわたしのかけらを拾って、その度に苦しみながら眠りについてくれたらいいなと思う。