西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

展示を終えて

修了制作展(ずっと卒業制作って言っちゃってた)が14日、終了した。
このブログを読んでわざわざ来場してくださった方もいらしたようだった。ちゃんとご挨拶できなかった。本当にありがとうございます。いい意見も悪い意見もなんでもいいので、とりあえず意見が聞きたいです。
というのは、男性なのか女性なのかどちらでもないのか、スマホを持っているか持っていないか、出会い系アプリを使ったことがあるかそうではないか、どんなイメージを持っているか等、鑑賞者自身が置かれている前提の立場により、この作品の意見は様々に変化したようだったからだ。中には酷評もあった。しかし幅広い感想をもらえたのは、出会い系アプリに対する世間の様々な評価と重なっていて、必然的に見えた。

期間中お話した方やこの作品について展示アンケートに記入してくださった方の中に「なぜこのようなテーマの作品を作ったのか」という質問が多くあったので、言及しておこうと思う。


小さい頃から「自分は男の子っぽい」と自覚し、親にも「あなたは男っぽいからスカート履かないよね」「髪を短くするよね」などと言われて続けており、半分自覚・半分環境で「男っぽく振る舞わなきゃだめだ」と思っていた節があった。中学までは、男友達とまざって遊び、男の子みたいな乱暴な言葉を使って会話をしていた。
ある日、なんとなくアクセスしたメル友募集掲示板でメールのやりとりをして、その相手と実際に会ったら、普段の男のような扱いは全くなく、一人の女の子として見てくれた。そのうち2ちゃんねるmixiのオフ会に顔を出したり、さらには出会い系サイトで人と会うようになった。画面の向こう側から現れた人たちにチヤホヤされている姿を、親はもちろん、学校の同級生は誰も知らなかった。
それは女の子として扱ってくれる喜びもあったかもしれないが、画面の向こう側という全く知らない世界に生きる人にしか晒すことができない本当の、生の自分が存在することの喜びの方が強かった。
少女時代のこの強烈な体験を誰にも言わないまま、高校を卒業してからは忘れようとしていた。しかし大学院に入ってゼミでなんとなくこの思い出話をしたら、面白がられてしまったので作ってみた。これが理由。


実際今回作った作品でイルカちゃんと出会った人たちも、画面から出てきたイルカちゃんの普段の生活を全く知らない。その上で、その人たちが普段存在する現実社会で見せていない顔をイルカちゃんに見せていた。展示に来てくれた医師の友人が「医者と患者の関係に似ているね」と言ってくれて気づいたのだが、彼らがイルカちゃんだけに見せる顔や話す弱さは、自分の身の回りのどこのコミュニティにも属さないイルカちゃんと、出会い系というちょっといけない気がする秘密のツールを通じて会話する、という複雑な関係性の上に生まれていたものだった。


出会い系は、近年マッチングアプリという言葉に変えて私たちの生活にポジティブなイメージをもたらした。Tinderで作品を作っていたが、一貫してマッチングアプリとは言わず「出会い系アプリ」と記して来た。それは世間の「マッチングアプリで彼女とかカジュアルな関係を作ってもいいかもしれない」という流れと、未だ残る「出会い系」という言葉に抱くマイナスイメージを総括して言いたかったからである。
2〜3年後にはもしかしたら「出会い系」という言葉は廃れてマイナスイメージが払拭され、マッチングアプリはさらに普及し、もっと堂々とマッチングアプリを使う日が早く訪れるかもしれない。だから上記の秘密の関係云々の話は、2018年初頭にだけ存在する価値観なのかもしれない。

 

「この作品、続けるの?」という質問が次点で多かったが、鑑賞者自身のスマホQRコードを読み込んで映像を見せるやり方は結構評判よかったから、映像だけ新しくしてまたどこかで展示してみたい。けど映像だけの表現方法ではなく、いろいろチャレンジしてみようと思う。2018年に生きるだれかの繊細な感情を掬い上げておきたい。画面の向こう側の人と出会うことが当たり前の世の中になる前に。