西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

バンドの思い出

先日、昔一緒にバンドをやっていた人から、最近私たちのカバーをしてくれてるバンドがいるよと教えてもらった。


学部時代、私は大学の製図課題もほっぽり出してバンド活動に夢中になっていた。
当時のライブ映像や音源は、下手くそすぎてここに貼る気にもならない。
5人組のバンドだったのだが、男2人の喧嘩が始まると止まらない。ボーカルの精神状態は安定しないし、全員それぞれが思い描くグループの音楽の理想形がバラバラ。
一生懸命バイトして稼いだ給料は全部スタジオやレコーディング代に消え、休日は練習やライブで埋め尽くされる。それなのにお客さんを呼べない。客0人でライブしたこともある。ライブ後は担当のブッカーさんにいつも同じことを指摘された。
技術がないからレコーディングはなかなか進まなくてエンジニアさんを悩ませた。CDも売れなかった。レコード会社の人に見てもらっても箸にも棒にもひっかからない。数え切れないほどオーディションに応募した。当時の彼氏には愛想をつかされ、振られた。どうしてうまくいかないんだろう。好きで音楽やってるのに、なんでこんなにストレス溜めなきゃいけないんだろう。そんなことばかり思っていた。

私がバンドを辞める、と言ったとき、メンバーはあまり驚かなかった。
何やってもうまくいかないで張り詰めていたバンド内の空気をみんな察していたようで、誰が辞めると言いだしてもおかしくなかったからだろう。
しかしその後のバンドの空気はガラッと変わった。「アイツ辞めるまではせめて楽しくやろうぜ!」という空気に変化したのだった。
皮肉にも私がやめると言った後からバンドの音楽性はみるみる一致し、みんなが同じ理想形を見はじめた。肩の力が抜けたのだろう。
事実、最後に無料配信した音源はなかなかいい出来となった。まだ下手くそだったけど。
でも音楽として、グループとして、まとまったものになりかけてたような気がした。


よく喧嘩してたけど、とても仲がよかった。人間性を疑われるようなブラックジョークも彼らの前だったら心置きなく言えたし、お金が無さすぎてはなまるうどんを分け合って食べても何も恥ずかしくなかった。メンバーや同世代のバンドマンたちとまずい酒を飲みながら朝まで熱く、表現とは、音楽とは、バンドとは、と語り合うのは最高に尊い時間だった。出来のブレは凄まじかったけど、とにかくライブが楽しくて、5人が音で一つに混ざり合う瞬間があって、その瞬間を感じるためだけにのめり込んでいた。そんな私達を見て「かっこいいね」とお世辞でも言われたり、ネットでエゴサーチをして自分たちのことが書いてある文章を見つけるだけで飛び上がるほど嬉しかった。初めてファンレターをもらった日にはちょっと泣いた。バンドやっててよかったなぁと、心から思えた。

あの時「やっぱりみんなと音楽続けるよ」と、辞めるのを撤回していたらどうなっていただろうと今でもたまに思う。
これは未練とかではなく、単純にあのバンドがどんな風に成長していったか見てみたかった。未練とかではない、多分。でも沢山の小さな歯車が噛み合わなくて結局うまくいかなかったから、多分撤回してもなるようにはならなかっただろう。バンドとは、グループとは、言葉にできない絶妙な緊張感の中でやっと成り立っている。


そんな下手くそバンドをカバーしてくれた若いバンドを見ていて、上記のような思い出が洪水のように流れてきた。
並行して久しぶりにあの頃の音源も聴いてみたけど、それはそれはひどかった。でもこんな音源でも必死で作った作品だ。それを何年も経ってから聴き込んで、新しい命を吹き込んでくれたことに、素直に感動した。
私の考えた鍵盤のフレーズがハチャメチャでトリッキーすぎるので、参考にと宅録を送ってみようかと思ったが、辞めた。そんなお節介かなりジャマだと思うし、copyじゃなくてcoverと書いてあった。私たちの大事な大事な青春を、別の人たちが別の解釈で表現した作品は本当に美しかったから。

しばらくグループ活動はいいやと思っていたけど、1人だとどうにもうまくいかないことが多くて、やはり人間それなりに誰かに頼ったり支え合わないと、いいものは作れないのかもと最近思う。
あの頃、大学のグループ課題よりずっと、グループとは何かと考えてた。答えは出なかったけど、今なら…?まだ分からない。

辞めてもう何年も経つから照れくさいけど、勢いで文章にしてブログまで開設してしまった。海に浮かぶ瓶に入った手紙のようにインターネットを漂って、この溢れる感動がなんとなく伝わってくれると嬉しいなと思う。


バンドやってよかった。