西片例の、

スプーン一杯のノンフィクション

卒業制作の為に出会い系アプリで色んな人と出会ってみた話

1/1214の間発表する東京藝術大学大学院映像研究科の卒業制作は、イルカちゃんという女の子が出会い系アプリで出会った人々と過ごした時間の記録作品です。

決して、出会い系アプリの利用者を晒して笑いものにする作品ではないということを先に記しておきます。

 

このプロジェクトの話を周囲にした時、何人かの男性に「男が出会い系やる理由なんて、ただセックスしたいだけだよ。」と諭されてきました。確かに私はそこを危惧していました。私は女性に生まれて来てしまった以上、いわゆる「男性の性欲の強さ」を身を以て知ることができないからです。正直、作品は成り立つのか不安でした。

 

実際、イルカちゃんに堂々とセックスを掛け合う人はいました。でも、「場合によってはセックスできたらいい」、「セックスできなくてもいい」、「セックスなんかより先に」みたいに、セックスの優先度は人によって違っていて、それが自然とアプリを利用する理由となって現れていました。

 

昨今のマッチングアプリブームに堂々と乗っかっている人、ネットで出会った人に何の期待もしていない人・淡い期待を抱く人、出会い系というマイナスなワードから自分が出会い系を使用している事実を受け入れられない人。個々のインターネットへの思い出の中にある「画面の向こう側の人」の解釈によって、イルカちゃんへの態度が各々少しずつ変わってくることを感じました。

 

彼らは突然画面の向こうから現れたイルカちゃんを、最初どのように扱っていいのかわからないそぶりでした。

しかし横暴を働くことなく、身の上話をしたり、細い関係を作ろうとしてきました。たまたまそういう人たちに出会っただけかもしれない。全部嘘をつかれてただけかもしれない。でもイルカちゃんは出会った人たちに、ある意味真摯さを感じたのでした。

 

今回何人もの男性と接触して、全員を通して言えることは、人間を相手にしている以上、たとえセックスがゴールだったとしても、性欲だけでなく、別の部分でも満たしたい部分があるように感じたことです。彼らは、「ただ」セックスをしたかったわけではなかったのです。そして、今自分が生きているコミュニティでは埋められることができない穴を埋められるかもしれない期待を寄せて、アプリにアクセスしていました。そして、イルカちゃんと出会ったのです。

 

私たちは動物であるけど、次点で人間なんだ、と、この作品で改めて認識しました。そしてその事実に、少し安心しました。

 

この作品を色眼鏡で見る人は多いでしょう。しかしそういう人たちに問いかけたいのです。あなたもイルカちゃんが出会った人たちのように、心の中にどこか満たされていない、空虚になっている部分が存在しないですか、それはもしかしたら素性も知らない女の子を目の前にしたら、その瞬間だけでも和らぐものかもしれないのではないですか、と。

 

ここまで読んでいただいた方は、私と一緒に、まだ人間が人間である、という夢を見てくれますか?ぜひあなたの答えを目撃していただきたいです。1/1214BankArt Studio NYKにてお待ちしています。

 

www.fm.geidai.ac.jp

わたしだって

私は、普通の家庭で育った。

超亭主関白の父と、父の仕事を手伝う母。二人はお見合いで出会った。
女は結婚したら旦那の家に入り、家庭を守る。頻繁に実家に帰ることも許されない。正月に実家に帰るなどもってのほか。二人ともそんな家庭で育ったから、二人にとってそれが普通だった。
整理整頓が苦手で、昆虫が大好きで、泥だらけになりながら都会では少ないカナヘビを捕まえて喜んでいたわたしを見て、早くから父と母は「こいつが家庭を守るのは無理だ」と、わたしを二人が思い描いていた女性像に育てることを諦めた。おかげで自由に生きさせてもらった。
それでも家の中では少しでもワイドショーで強気な発言をする女性コメンテーターに「強気な女だ」とか「女が上の地位に行くには胸尻ぐらい揉まれてナンボ」みたいな言葉が飛び交っていた。「えー、見て、女性社長だって。」みたいなびっくりした声も我が家では当たり前だ。わたしには弟も妹もいるが、弟が配膳を手伝わなくても怒られなかった。正月には女の子供は一曲歌えと言われた。
わたしも、それが普通だと思っていた。

なんて酷い話だ、と思う反面、わたしが普通だと思ってきた会話や行為と近い行為が告発されている現実を受け止めきれない自分がいる。
この世の社会は男が回していて、女が進出するのにはハンデだらけだ。っていう方程式って、もしかして今やもう覆されてるんですか?
いや、薄々気づいていた。家庭の中で発される言葉一つ一つ、時代遅れでくだらない言葉が多かったことに。でも、100%ではないけど、話半分だったとしても、それを信じてきてしまった。
だから昨今の世の中の流れについていけない瞬間がある。「え、どうしてこれがダメなの?」と思ってしまうことがたまにある。よくよく考えるとたしかに許されないわ、と思うんだけど、わたしの根底に何年も居座るかさぶたのようにこびりついた価値観(いや、これは洗脳?)は、なかなか溶けて消えてくれない。

 

わたしはこれからも、世の女性の悲しみに寄り添ってあげられないのかもしれない。わたしだって一人の女性なのに。また絶望を1つ抱えてしまった。

マンボー歌舞伎町店にて

靴を揃える。畳一畳ほどの黒いマットに薄い壁が立っていて、申し訳程度の小さなクッションが1つ。机の上の棚にスリッパと金庫となぜかティッシュ。引き戸の鍵はたまに突っかかっていて壊れているからあてにしてない。見上げると配線だらけの天井。ドリンクは決まって牛乳屋さんの珈琲。マンボーでしか見たことがない謎のおいしい飲み物。異常に反応の遅いパソコンからマンボー公式ホームページへアクセスしないと検索エンジンにたどり着けない、それもBing。検索履歴に刻まれた欲。ポップアップは全部AV。引き出し式のキーボードはコードに引っかかって全部出すことができない。youtubeは違法アップロードばっかりだから見たら捕まるって今日Mちゃんが言ってた。嘘だと思うけど怖いからここで見てる。

小悪魔agehapopteenを借りて、据え置きの小さな鏡でメイクを真似する。前回借りた時モデルのアップのページだけめっちゃパリパリしててキモかったから気をつけないと。ここに行く前寄ったドンキは今日も混んでた。ほしかった人気の安いつけまが買えたから、くみっきーと同じように目の上にも下にもカットしてつける。甘GALはみんなやってるし好みじゃないけど目がかわいいから真似したい。あいくちゃんプロデュースつけまとダイソーのつけまを重ねて、さくりなみたいな強めな目もまたやりたい。最近のageモはみんなマツエクにしちゃったからメイクが参考にならない。ただでさえつけまで注意されてるのに、エクとか絶対できない。毎朝メイクに40分もかけるのめんどくさいからしたいけど。無料でカールアイロンを借りれるのは便利。今日は毛先だけ丸めようかな。でも借りに行くには一階の受付まで伝票を持って行かなきゃいけない。めんどくさいな。ついでにFOMAの充電器も借りに行こうかな。ポイントでお菓子とカップ麺も買っとこう。そういえば私の携帯、電池パックパンパンになってきたからドコモショップで交換してもらわないとだ。明日の面談終わったら行こう。

最近寒くなってきたからぶっちゃけミニはきついんだよね。ルーズってあったかいのかな。さすがにもう流行んないか。このフロア喫煙者がいないはずなのに制服にタバコの臭いがつくからそこだけいやだ。そもそもなんでタバコなんて吸うんだろう。百害あって一利なしだと思う。あとたまにフラットシートだと、とんがり靴とハイヒールが置いてある部屋から小さな喘ぎ声が聞こえて来るのも、店員さんが注意するとかしてどうにかした方がいいと思う。どうしていいかわかんなくなる。

 

修了制作を作るにあたり、いちばん孤独でいちばんつやつやしていた時期を思い返した。

歌舞伎町を凝縮したこの空間は、日が落ちる頃1時間だけ私の部屋だった。

 

1ヶ月前行ったらまだあったけど、なんか田舎のラブホみたいにキラキラのでかい建物になっていて、なんか違った。

水槽の高橋

去年、友達と外苑前の街コンに行ってみた。
外苑前という街にはもちろん何も縁がないのだが、2016年は何もいい思い出がなかったので、派手に玉砕してやろうという軽い気持ちで参加した。
男女2人ずつ計4人で机に座り、30分ごとに男性だけがローテーションしていくという仕組み。
色々な人がいた。会話がどうしても通じない赤坂の警察官。色々な友達を作りたいという名目で参加した元バックパッカー。25歳で学生やっていると言うとゴミを見るような目で見て説教してきたエンジニア。
参加者が結構いたので全員がローテーションしてくることがなく、私たちは参加費3500円をドブに捨てたような気持ちになった。(ちなみに男性の参加費は7200円)

は~だるい。2016年最後の思い出がこれかよ。さっさと出て腹いせにTinderでもやるか。そう思っていた。
会場出口に行くと、参加者たちがたくさん出口に集まっていた。
おそらくみんな同じようなことを思っていたのだろう。人間から湧き出る「もやもや」という感情は、こうも冬の空気で科学反応をおこしてあらわになるのか。
そりゃそうである。これは普通の街コンではない。人恋しい季節に都内有数のおしゃれスポット外苑前で開催された街コンである。
私たちもその空気に納得するように、出口付近に居座った。

「よかったらこの後、お茶しませんか?」
2人組の男性が私たちに話しかけて来た。
高橋一生を少し乾燥肌にしたような中肉中背の男性と、もう中学生に似た背の高い男性。
消えて行った3500円のことを思いながら、私たちは付いて行った。

二人は大学時代から仲のいい同級生らしい。たしかに大学名を聞くと、わざわざ外苑前なんて通らないだろうなという場所だった。
「だから外苑前という街は僕らもよく知らないんだけどね。」そう言って笑っていた。
もう中学生は話がとても面白くて、私たちは久しぶりにお腹をかかえて笑っていた。何を話してたかもう一言も覚えていないが。
高橋一生は私たちから話を聞き出すのがとても上手かった。
なんと、高橋が昔住んでいた社宅と私の住んでいる場所が徒歩5分ぐらいの距離であることが判明した。
次、よければ近くで飲みませんか。楽しい会が終わってすぐに、私の元にだけLINEが来た。

初めて2人で飲みに行った時点で、私は完全に高橋のことが好きになってしまった。
高橋は海外に赴任していて、街コンに参加していたのは日本に帰って来ていたタイミングだったという。次日本に帰って来たらまた私と会ってくれると約束してくれた。
もしかしたら3ヶ月後に帰ってこれるかもしれなくて、そしたらもっとたくさん会えるね、なんて笑いあっていた。
こんなに早い段階で堂々と「この人が好きである」と思えたのは初めてだったかもしれない。それがいいとか悪いとかではないのだけれど。

その後高橋とはすったもんだがあったが、簡単に言うと、いいところまで行ったけど突然会えなくなった。
だから実際私は高橋と2人で会ったのは2回だけで、街コン帰りと合わせると計3回しか会っていない。


連絡を断たれて数ヶ月後。instagramの友達かも?に、見覚えのある顔のアイコンが突如として現れた。
高橋だった。
心臓が止まりそうになった。

アカウントを知ることになった経緯は諸説あるが、詳しく記すのはやめておく。
とにかく、ネットの海で高橋を見つけてしまったのだった。

ここで告白するが、発見して数ヶ月、高橋のinstagramをフォローせずに見るのが日課だった。

高橋は日本に帰ってくる予定だったのに、どうやら急遽別の国に赴任が決まったようで、たまにおにぎりの写真をあげたりして、異国の地で頑張っていた。
会った3回の間で名字すら知ることがなかったけど、名字も知った。出身の高校も。
高橋の実体にもうずっと触れていないのに、私は高橋が今日食べたご飯を知っている。
世の中的にはもはやただのストーカーだが、私の感覚としては好きな人をストーキングしているというより、水槽の中の金魚を見守っている感覚に近かった。
メディアは水槽。生きている高橋は確実にその中にいた。
懸命に生きる姿は私に筒抜けで、全てガラスの側面越しに映っていた。

高橋のinstagramを見ると、なぜか心が落ち着いた。
なぜ自分を受け入れてくれなかった人のSNSを癒し目的で見たくなるのか分からない。
多分もう私は高橋に恋愛感情を抱いていない。執着もしていない。諦めの早い性格は自分の強みだと思っている。
だから女性の写真が突然出て来たり、誰かのものになっていても、別になんとも思わないだろう。素敵な人と幸せになってほしいと願う。

でも、あのたった2回の逢瀬の間だけは、自分で言うのもなんだがとても可愛い女の子になれていたような気がする。

1回目のデートと2回目のデートの間、何十時間も高橋を思って幸せな気持ちになった。
25年間、恋とは心の深いところで悲しみながらするものだと思っていた。しかし高橋を思うと、不思議なことにマイナスな感情が一切出てこなかった。
好きな人を好きだと思うことを肯定し、その感情を持つことに喜びを感じ、景色は本当にバラ色に見えた。
それはもしかしたら、子供やペットを愛おしく思う気持ちを楽しむ心に近かったのかもしれない。そう書くと、あれを恋心と言うのかもわからなくなってきた。
でも恋に恋焦がれ恋に泣いたり、壊れるほど愛しても1/3も伝わらない純情な感情では明らかになかった。


ネットストーキングをする心理の背景は人それぞれあるだろう。昔の恋人が今幸せに生きているのか気になる。昔好いてくれていた人に恋人ができていないか気になる。
でも高橋と私の場合、高橋が◯◯であるか気になる、のところの◯◯の部分に、「生きているか」をはめ込むのが適切ではないかと思う。そして生きている高橋を確認することで、あの一瞬でも愛で輝いた気がする自分を蘇らせたくなったからではないかと思う。


今もし高橋という実体に触れたら、どんな気持ちになるだろう。
高橋の実体に触れた3回より、水槽越しに眺めていた時間の方がはるかに長いので、逆に生(なま)を感じず拒絶してしまう気すらする。高橋の生きている姿をを構成する外的要因(環境、食べ物、友人)、そしてそこから想像した私のストーリーで、私は高橋が生きていることを確認していたからだろう。


久しぶりに見てみたが、今日も水槽の高橋は生きていた。2017年は私も色々あったし、愛に輝いた自分が蘇ったかは分からなかった。というか、前もあんまり分かっていなかったが。

でもこんな綺麗事言っても、ふつうに気持ち悪いですね。ごめんね高橋。


※一部フィクションです

バンドの思い出

先日、昔一緒にバンドをやっていた人から、最近私たちのカバーをしてくれてるバンドがいるよと教えてもらった。


学部時代、私は大学の製図課題もほっぽり出してバンド活動に夢中になっていた。
当時のライブ映像や音源は、下手くそすぎてここに貼る気にもならない。
5人組のバンドだったのだが、男2人の喧嘩が始まると止まらない。ボーカルの精神状態は安定しないし、全員それぞれが思い描くグループの音楽の理想形がバラバラ。
一生懸命バイトして稼いだ給料は全部スタジオやレコーディング代に消え、休日は練習やライブで埋め尽くされる。それなのにお客さんを呼べない。客0人でライブしたこともある。ライブ後は担当のブッカーさんにいつも同じことを指摘された。
技術がないからレコーディングはなかなか進まなくてエンジニアさんを悩ませた。CDも売れなかった。レコード会社の人に見てもらっても箸にも棒にもひっかからない。数え切れないほどオーディションに応募した。当時の彼氏には愛想をつかされ、振られた。どうしてうまくいかないんだろう。好きで音楽やってるのに、なんでこんなにストレス溜めなきゃいけないんだろう。そんなことばかり思っていた。

私がバンドを辞める、と言ったとき、メンバーはあまり驚かなかった。
何やってもうまくいかないで張り詰めていたバンド内の空気をみんな察していたようで、誰が辞めると言いだしてもおかしくなかったからだろう。
しかしその後のバンドの空気はガラッと変わった。「アイツ辞めるまではせめて楽しくやろうぜ!」という空気に変化したのだった。
皮肉にも私がやめると言った後からバンドの音楽性はみるみる一致し、みんなが同じ理想形を見はじめた。肩の力が抜けたのだろう。
事実、最後に無料配信した音源はなかなかいい出来となった。まだ下手くそだったけど。
でも音楽として、グループとして、まとまったものになりかけてたような気がした。


よく喧嘩してたけど、とても仲がよかった。人間性を疑われるようなブラックジョークも彼らの前だったら心置きなく言えたし、お金が無さすぎてはなまるうどんを分け合って食べても何も恥ずかしくなかった。メンバーや同世代のバンドマンたちとまずい酒を飲みながら朝まで熱く、表現とは、音楽とは、バンドとは、と語り合うのは最高に尊い時間だった。出来のブレは凄まじかったけど、とにかくライブが楽しくて、5人が音で一つに混ざり合う瞬間があって、その瞬間を感じるためだけにのめり込んでいた。そんな私達を見て「かっこいいね」とお世辞でも言われたり、ネットでエゴサーチをして自分たちのことが書いてある文章を見つけるだけで飛び上がるほど嬉しかった。初めてファンレターをもらった日にはちょっと泣いた。バンドやっててよかったなぁと、心から思えた。

あの時「やっぱりみんなと音楽続けるよ」と、辞めるのを撤回していたらどうなっていただろうと今でもたまに思う。
これは未練とかではなく、単純にあのバンドがどんな風に成長していったか見てみたかった。未練とかではない、多分。でも沢山の小さな歯車が噛み合わなくて結局うまくいかなかったから、多分撤回してもなるようにはならなかっただろう。バンドとは、グループとは、言葉にできない絶妙な緊張感の中でやっと成り立っている。


そんな下手くそバンドをカバーしてくれた若いバンドを見ていて、上記のような思い出が洪水のように流れてきた。
並行して久しぶりにあの頃の音源も聴いてみたけど、それはそれはひどかった。でもこんな音源でも必死で作った作品だ。それを何年も経ってから聴き込んで、新しい命を吹き込んでくれたことに、素直に感動した。
私の考えた鍵盤のフレーズがハチャメチャでトリッキーすぎるので、参考にと宅録を送ってみようかと思ったが、辞めた。そんなお節介かなりジャマだと思うし、copyじゃなくてcoverと書いてあった。私たちの大事な大事な青春を、別の人たちが別の解釈で表現した作品は本当に美しかったから。

しばらくグループ活動はいいやと思っていたけど、1人だとどうにもうまくいかないことが多くて、やはり人間それなりに誰かに頼ったり支え合わないと、いいものは作れないのかもと最近思う。
あの頃、大学のグループ課題よりずっと、グループとは何かと考えてた。答えは出なかったけど、今なら…?まだ分からない。

辞めてもう何年も経つから照れくさいけど、勢いで文章にしてブログまで開設してしまった。海に浮かぶ瓶に入った手紙のようにインターネットを漂って、この溢れる感動がなんとなく伝わってくれると嬉しいなと思う。


バンドやってよかった。