血を抜かれた日

10代の頃、知らない人と会っていたのは暇だったからだと話すと、東京の子っぽいなあと言われた。自分は生まれてこのかた東京でしか暮らしたことがないので、はあ、という感じなのだけれど、本当にあの頃会ってた人たちって、この自分じゃ埋められない時間をただ埋めるための人たちだったから、どんな人が来たかとか、正直それほど覚えていない。

でも、そう考えたいだけなのかもしれないと思う。だってたしかに封じたはずなのに、いまだに記憶が存在しているような気はする。なかったことにしたくて、取り急ぎその証明までしに行ったのに。

 

新宿の雑居ビル低層階。真っ白い蛍光灯の下、待合室は肩と肩が触れてしまいそうに狭い。少しやぶれかけた黒い合皮のソファに座って、わたしは自分の番号が呼ばれるのをじっと待っていた。

 

きっかけは、たまたまとあるHIV患者のブログを発見したことだった。かつてHIV患者は同性愛者の病気だと言われて来た時代があって、正直知識のなかったわたしもそんな認識だった。まさか自分がなると思っていなかった、と繰り返していたブログの主は、異性愛者だった。

ふと昔のことが頭を過ぎった。高熱、帯状疱疹、疲れ・だるさ。数えきれない「次の日」の中で、そういえばそんなことがあったような気がする。あれは狭いベッドでぎしぎしと身を寄せ合ったただの名残なのか、それとも病魔に蝕まれ始めたサインだったのか。

 

しばらく目を瞑っていた。身体に何か起きていたらあの頃のわたしが染み付いていることになるけど、もし何も起きていなかったら、今までの日々のことは全てなかったことにしよう。そう、あの日々はわたしだけが知っている思い出。わたしが忘れられれば、もう存在しないと同じなのだ。今日をもって潔白を証明し、新たな人生を歩もう。そう考えていると自分の番号が呼ばれたので、意を決して、カーテン奥の空間へ入った。

 

言われるがままに左腕の袖をまくる。チクっとしますよ。全身を流れる血は、太い注射針に繋がれたチューブを勢いよく通ってゆく。突然目の前が真っ暗になって、医師の姿が映し出された。愕然としている自分。手元には診断書。さすがになっていないだろうと思っていたし、もしかしたらそんな気もしていた。治るかわからない病気を患う恐怖でいっぱいになる。この直後半分の確率で起こりうることを受け入れる自信がない。なんで身体に熱を持ったあの日、だるいと思ったあの日、病院に駆け込まなかったんだろう。なんで自分のしたことを受け入れず今に至ったのだろう。これから起こることが怖い。怖すぎる。

わたしは気づいたら肩で息をしながら泣いていた。

「大丈夫、怖くない怖くない。」

看護士さんはその涙の訳を知っているのか知らないのかわからないような口ぶりで、でもあやすように背中をさすってくれた。カーテンで仕切られた空間に、ポンプの音がドクドクと鳴っていた。

 

地獄のような待ち時間を3時間ほど過ごしたあと、もう一度病院戻り、そのまま帰宅した。手には陰性と書かれた紙を持って。

血まで抜いて検査したら、クリアになると思っていた。実際、あっという間にクリアになった。あるか、ないかが。「見える」という意味ではクリアになったけど、これは「なかったことにする」という意味でのクリアでは無い。それに今更気づいてしまった。

 

わたしはまだ「暇だったから」以外の理由を見つけることができない。多分あの血を抜かれた日、病気への恐怖で本当の理由を忘れてしまったのだ。なかったことにできないまま。もうあの頃のわたしに、どうしてあんなことを繰り返したのか聞くことはできない。血はまだ、わたしの体内の隅から隅をぐるぐると巡っている。

チョコレートの憂鬱

先月から重ねた逢瀬は、いまのところ毎回着実に結果を出していた。おかげで今わたしたちは、旬のとろけかけの一番甘い部分を渡っている。この甘い部分の続きを味わうために、わたしたちはそろそろ、この関係に名前をつけることになるだろう。

2月。年末の溢れる多幸感とは違う、期待と欲望のソワソワが街を支配する。クリスマスから尾を引いたイルミネーションが、冬の最後を彩る。窓にうつる青白いキラキラを横目に、目の前の席で繰り広げられる議論をじっと聞いていた。

「絶対期待してるから渡した方がいい。」

「食事のお礼だと考えれば大したことない。」

毎年訪れるこの時期に順当に参加してきた者たちから出る、的確すぎる指摘。反論の余地はない。


昔からチョコの季節にはあまりいい思い出がない。まず食べたら必ずお腹を下す。鼻血を出す。

スキンケアショップの店員に勧められたチョコの香りのスクラブは、塗ってすぐに吐き気がしてしまいそれ以来使っていない。チョコの香りって、なんか人間の体臭っぽいのだ。脂がそうさせてるのかわからないけど、シャワーの湿気と絡みつくと最大限にその独特な香りが引き出される。

クリスマスの陰に隠れて忘れていたが、思えばバレンタインデーもあまりうまくいかないことが多かった。何かと関係がこじれる時期がたまたま2、3月が多く、そのせいで、迎えられなかったバレンタインデーや、返してもらえなかったホワイトデーのことを芋づる式に思い出した。


リア充爆発しろ」という言葉が流行った時期があって、インターネットで友達を見つけていたわたしは、もちろん得意になって使っていたうちの一人だった。その言葉を叫ぶことで、同じように叫ぶ仲間と謎の固い結束を交わしたような気がしていた。そうさせたのは、先述の失敗や悪い思い出が半分、かっこつけたい気持ちが半分。でも大人になってもそれは解けるどころか誰との結束かも忘れそのままわたしの中にかさぶたのように残ってしまい、煌びやかなショーウィンドウのことが本当は気になっても、吐いて捨てるような眼差しが体から先行してしまうのだった。


自分でも驚くようなスピードで進むのは、チョコで盛り上がるこの季節のせいかもしれない。たかがチョコ、されどチョコ。そのわざとぞんざいにした思いが、わたしの色んな節目を、暗く深い場所に置き去りにしてきたような気がする。だから、あの2人の言うこともわかる。多分このチョコを渡したら変わる。わたしたちの関係の名前も、渡っている場所も。そのどれかが変わったらきっと、悪い思い出半分、かっこつけ半分のわたしとは離れることになるだろう。

そういう皮肉たっぷりの目線で見てきた今までの世界も悪くなかった。だから、本当はまだ素直になりきれていないぞ、と言い聞かせながら、紙袋を右手に横断歩道を渡った。

冬の花火

人はどこからがマトモなのかわからないけれど、「友人の紹介」で「マトモな人」と出会ったのは今年のはじめ。

出会ったというより、強制的に出会わされた。知らないうちに「友人」に、水曜日の夕食を誰とどこで食べるかを勝手に決められていたのだ。親切。おせっかい。幸せの押し売り。ぴったりの言葉が見つからなくて、わたしは怒っていた。確かに外から見たらメチャクチャな生活なのかもしれない。誰かと友達以上の関係を築くのがどうにも面倒で、いろんな部分をすっ飛ばしてきた。快楽だけとか。楽しい部分だけとか。ここ最近も相変わらず、ネットで出会った人と数珠つなぎのような夜を重ねたり、昔の友人と体を重ねたらそれっきりになってしまったり。関係には名前すらつかない。

でもわたしはそのライトさがファーストフードみたいで結構好きだ。自分からそういう世界に足を踏み入れている。だからみんながみんな誰かのものになりたいわけじゃないんだよと。それは本音だった。強がっている訳じゃなくて、誰かのこと気にするとか、常に誰かと一緒にいるとか、そういう余裕が無い。その気になったら自分から動くからさ。ほっといてくれよ。

 

半ば囲い込まれたみたいな状況で青山に降り立った。午後8時の246を歩いていたら、太ももの内側が歩くたびこすれることに気づいた。1年前は感じなかった、自分が重力に負けてきている音。

 

真冬の風は優しい人を連れて来て、きのこのポタージュは怒りを鎮めた。聞けば、彼もよくわからないまま青山に送り込まれたという。被害者同士で話はそれなりに盛り上がり、夜はふけていった。

このままわたしの信頼に彼の信頼を重ねて行けば、二人はそれなりにいい感じに収まる予感がした。そして何年間か、あるいはそれ以上、それっぽい生活を送ることができるかもしれないと。子供の頃描いていた27歳って多分そういう感じだった。そろそろ落ち着いて、人のことを見つめられる余裕が出てくる歳。そんな生活、意外と悪くないかも。そう思って大通りでタクシーに乗ろうとした時、はっとした。

つまり、花火はもうできないってことかな。

流れる街明かりを横目にタクシーの中で考えていた。キラキラしたものを追いかけて、ズタズタになった日々のこと。待ち合わせのドトールや、ゴミ箱に捨てたクレンジング。置いていた食器や、盗み見できなかったスマホ。あんなに嫌だ逃げたいと思っていたのに、何年も昔につけられた傷跡を見つめ愛おしく感じている。気づいたら、ああいう日々からもう随分遠くまで来てしまった。

 

冬は空気が澄んでいるから、夏よりも花火が鮮やかに見えるらしい。わたしは口をぽかんと開けながら、花火の数を数えている。夏より随分少なくなった花火を、目に焼き付ける。ふとももの内側の肉が擦れすぎて、地面に向かってどろどろ垂れだした。まだ見つめていたいのに、花火はもうしゅうしゅうと終わりの音を立てている。

退屈を解消する一番の方法は、男性のために知らない土地へ行くことだった。

学校が終わると掲示板に自分が暇を持て余していることを書き、誰かが反応してきたら連絡先を交換、1時間以内には合流。3時間後には解散。

何に突き動かされていたのか今でも謎だ。その頃のわたしは男性たちからしてみれば、言えば最寄駅まで来てくれる上に簡単にヤレちゃう、まるで宅配ピザ。そしてわたしも、1日で終わるインスタントな恋愛を求めていた。


その日は少しずつ春の足音が聴こえてきており、ミニスカートもだんだん苦でなくなってきた時期のことだった。

長身金髪ロン毛。当時のタイプの男性。インスタントガールことわたしはいつものように知らない駅で彼を待った。知らない駅はタイルの模様や梁や歩道橋からの景色が見たことなかったりするので、わたしを全く飽きさせなかった。

横断歩道から長身の男性が歩いてくる。あ、あの人だ。

「はじめまして」

「はじめまして」

顔を上げた途端、わたしは絶望した。

確かに長身で金髪でロン毛ある。しかし見た目が生理的に受け付けなかった。さらにそこから発せられる言いようのない異様な雰囲気の出で立ちをまといながらこちらを見つめている。無理。ダメだ。どうしよう。どうすればいいんだろう。

しかしわたしは逃げ方を知らなかった。退屈を解消する為ではあったが遊びをしている自覚は無かったので、どんな男性が知らない駅に現れても全力で立ち向かっていた。でもどんなに退屈でも、この人とこれから一緒の空間の一緒のベッドの中に入るのは絶対に無理だと思った。


そんなことを考えていると、さあ早く行こうと言わんばかりに金髪はスタスタと歩いて行く。逃げ方が思いつかなかったわたしはその後ろをのろのろ歩きながら、これからどうするかを考えることにした。

ゆるやかな坂道を下って行く。落ち葉がわたしの足に触れ、しばらくして金髪の足に触れる。それを合図にするように金髪は後ろを振り返り、わたしがきちんと着いて来ているか確認する。少しだけ歩く速度を上げる。また歩く速度を落とす。いつ逃げようか考える。でもまた金髪が振り返るので、また歩く速度を早める。このまま逃げても追いかけてきたらどうしよう。だってわたしの知らない土地に金髪は住み、熟知しているのだ。金髪に見えないリードで引っ張られているような気さえして、完全に支配されているような気分になった。


下り坂が終わり、古いアパートの前に着いてしまった。金髪は足取りの重いわたしをエントランスで待っていた。

「どうする?」金髪が問いかけてきた。わたしが嫌がっていることに薄々気づいていたのだろう。もうここまで来てしまったら腹を決めて飛び込まなければならないということかもしれない。でも頭のあたりにうっすら積もる白い粉を見て、やっぱり無理だと思った。

「できません。ごめんなさい。」わたしは謝った。

人間、本当に恐怖を感じると逃げることを考えられない。足が動かないからだ。ああ、言っちゃった。怖い。そのまま連れ込まれたらどうしよう。下顎が勝手にガタガタ言っていた。

金髪は少し黙った。そして、笑いながら「早く言ってくれればいいのに」と言い、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。えっ、と思わず目を見開いた。柔らかくて暖かい感触がつむじを覆う。そして「大丈夫だよ。」とまた笑った。

なんでよりによってこの人が。あの砂漠のような場所でギラギラ目を光らせている人たちしかいないのに、こんな人、いなかった。しかも今わたしが殺したも同然な人だ。その事実が悔しくてたまらなかった。糸のようにぴんと張り詰めていたものが緩む。申し訳なくて、でもすごくほっとして、知らない土地は視界がぼやけて見えなくなった。マフラーに顔を沈めると、涙がじんわり染みて顔を濡らしてしまった。ごめんなさい!と一言だけ告げて、クルッと後ろを向いて来た道を駆け足で上がった。


この出来事で出会い系遊びには少し懲りたが、数週間もすればすぐに再開した。しかしその後何度も繰り返したインスタントな恋の、肉体的な交わりと事後の少しの会話の中で、あの掌よりも染みる温もりを感じたことはなかった。

あの金髪の彼は生まれて初めて出会った、優しい男の人だった。

仮面舞踏会

午後10時。シャワーを浴びたばかりの火照った顔が、今宵も曇ったガラスに映る。袋から爪の先1枚だけ取り出したシートマスクをそっと宙で開く。そのままおでこ、あご、そのまま頬に伸ばし、鼻を包み込んで顎に貼っていく。シーツをベッドに伸ばすように、手のひらで素早く丁寧に。

この奇妙な儀式が終わるまでの15分間で、とある記事が目に留まった。

内縁の妻の遺体を遺棄した容疑で男が逮捕された。容疑者は30年間妻の身元を知らず、結局妻が誰なのかわからないまま妻が死んでしまい、そのまま遺体を自宅に放置してしまったのだという。この事件は他にも色々あるらしいのだけれど、死体遺棄の事実よりも30年間誰かわからない人と夫婦で過ごしたという話の方が話題になっていた。

 

どんなにドライな何時間限りの関係だったとしても、大抵は何の仕事をしてるとか出身地の話とか、自分の身の回りの話をして不穏な距離感を埋めようとするものだ。しかし彼だけは違った。出身地こそ県レベルで教えてはくれたが、現在の職業も、通っていた学校のことも、家族のことも、自分に関するデータを一切してこなかった。

彼は、正真正銘の身元不明人だった。

ワインレッドのオープンカーで迎えに来られた時は、冗談かと思った。清々しいほど詐欺師っぽいので、マルチ商法を強要されることを覚悟した。わたしが助手席に座ったのを合図に、車高の低い東京が脇を駆け抜けた。

彼は目を泳がせることがない、真っ直ぐに話す人だった。稼げるビジネスの話や副業のススメは出てこない。代わりに溢れてきたのは、永遠に続く話だった。わたしたちは不思議と関心ごとや考え方が、まるで凹と凸のパズルみたいにぴたりと当ったのだ。

話をすればするほど彼のことをもっと知りたくなってしまって、何度も昔の話を聞き出そうとした。しかし彼は絶対に話そうとしなかった。3ヶ月経っても半年経っても変わらなかった。そんなに言うならと、わたしは折れることにした。

 

彼が過去の話をしないということは、わたしも過去の話をしなくていいということだった。だからといって嘘をついていたわけではないけれど。だってわざわざ自分はこんな人間だったという話をしなくたってわたしたちは十分分かり合えていた。だから情報は必要ない。欲しいのは、今頭を巡らせるトピック。

とか今だったら思える気がする。でも当時はもう少しだけ若かったから、そうやって不安な思いをねじ伏せていた。

 

少し言い合いになったことがあった。自分のことを何も教えてくれないイラつきも募っていたので「しばらく連絡してこないで」と言ってみた。本当に軽いノリで送って、送ったあと空中で親指を震わせながら「あーほんとに送っちゃった」と、してやったでも後悔でもない不思議なもやもやに包まれていた。1時間、1日、1週間経ったが、連絡は本当にこなかった。そのうち来ればいいと思って気長に待っていて、1ヶ月後に久しぶりにLINEの連絡先一覧を開いたけれど、そこにもう彼の名はなかった。

慌てて残された手がかりを元に彼を探すことにした。彼と出会って初めて彼の過去について調べた。教えられていた本名で検索しても、よくある名前すぎて手がかりが一切出てこない。大学の専攻だった研究の話をしていたっけ。それらしい研究室をたくさん調べてみても、海中で指輪を探すような不毛な作業でしかなかった。

彼は突然、わたしの前から完全にいなくなってしまった。

 

あの人はいったい誰だったのだろう?見つけられなかったショックはちょろちょろ尾を引いていて、今でもワインレッドのオープンカーが通ると運転席を目で追ってしまう。同時に、いつもより低く広かった夜の東京や、ホテルのチェックインの時目に焼き付けたサインが、今でも高解像度で頭の裏に映し出されるのだ。

そして、わたしは誰だったのだろうとも思う。

常に仮面をいくつか持っている。きらびやかだけれど素顔が一切見えない仮面。自分の歴史を書き記した文字で埋め尽くされた仮面。わたしたちがつけていた仮面は、まっさらで何の装飾もない、でも粘土のように柔らかい仮面。被った状態で近づきあい、手探りでお互いの仮面に触れ、真下に潜む素顔の形をていねいに象った。

 

死体遺棄はともかく、気づいたら30年経っていたとかなら、あの2人のこともなんとなくわかる気がする。お互い仮面をつけていても、常にその下の素顔の熱を感じることができたから、仮面を外すことよりも、美しく映る姿で踊り続けることを選んだのだろうか。

 

当時は結構辛かったけど、仮面も悪くないなと今では思う。だって今まで話をした人間の中で一番気の合う人間だった。だから、お互いが丁寧につくった2つの仮面の魂は永遠でありますように。と考えていたら時が来たので、顔に張り付いていたシートマスクを外した。シートマスクはゴミの日までゴミ箱のふちに張り付いていた。

クリスマス解放宣言

平日の夜なのでジムに行く。大好きなプールに入りたくて、更衣室の床に水着セットをぶちまける。なんだかボリュームが少ない気がして、その場で手をガサガサ入れてみる。水泳キャップの感触がない。

仕方がないのでプールは中止にして、少し早いけどお風呂だけ入って帰ろう。そう思って浴場に向かった。

本当はこの時間にお風呂に入りたくなかった。仕事終わりの人たちが一番集まる時間帯で、 たくさんの人でにぎわいすぎる。せっかくならゆっくり湯船につかりたい。でもこのままだとジムでわざわざ裸になった意味もなくなってしまう。覚悟を決めて、風呂場のドアを引いた。

人がほとんどいない。思い出した。今日はクリスマスか。わざわざクリスマスにジムなんて行く人、なかなかいないんだろうな。みんなパーティーしてんのかな。それともデートしてイルミネーション見て・・・。

あれ・・・・、それからなにするんだろう・・・・?


あれ、クリスマスって、何する日だっけ・・・?


じつはここ数日は、ずっとクリスマスに対する違和感を感じていた。誕生日は生まれた日。お正月は新年の幕開け。バレンタインデーは告白する日。じゃあ、クリスマスってなに・・・・?

子供がいたらまだわかる。クリスマスツリー飾って、ケーキ作って、チキンを焼いてパーティーする。子供寝かせたあとはサンタさんとしてこっそり枕元にプレゼントを置いて、翌朝プレゼントに気づいた子供がワイワイしてるのを見る幸せなクリスマス。

あと、キリスト教ならわかる。わたしが通っていたミッション系の小学校も、クリスマスの力の入れ具合はすごかった。一ヶ月から毎日クリスマスに向けて祈りを捧げ、当日はイエスキリストが誕生するまでの劇や聖歌の合唱。まるでこの一年間はクリスマスのために存在すると言っても過言では無い。


なんだか冷めているとか強がっているとか思われそうだが、わたしにもクリスマスにはそれなりに思い出がある。といっても主に男関係の思い出ばかりになってしまうが。隣にいない男を思いながら眠れなかった最低なクリスマスも、やっと落とせた男と過ごした最高のクリスマスもある。あとは女友達と彼氏がいないことを憂いていたけどそれなりに楽しかったクリスマスもあるし、2ちゃんで見つけたクリぼっちオフ会みたいなのに参加して、知らない人とファミレスの狭い机でリア充爆発しろとか言っていたこともあった。

でもさっき思ってしまった。あれって、何を基準に最低とか最高とか思ってたんだろう。

あれ?わたし、何に期待してクリスマスやってたんだっけ?


この一年で、わたしが変わってしまったのか。それとも、本当はわたしは何も変わっていなかったのだろうか。真相はわからないけれど、今年はクリスマスを言い訳にして何かしようと思えない。クリスマスに身を置いているのならば参加しなければならないという世間の圧が、知らぬ間にわたしにキラキラのイルミネーションや街の小さなケーキ屋さんのことやとなりのポケットに手を突っ込んだ記憶の呪いをかけていた。多分どの呪いも、別にクリスマスだからじゃなくていいのだ。みんなにクリスマスが来るのなら、受け取ろうがパスしようが、個人の自由なのだ。そう、わたしは今年クリスマスから解放されたのだ。よし。わたしはザパーっと湯船から立ち上がり、熱っぽい体で無言の浴場を後にした。明日も今日と同じようにジムへ行こうと企みながら。

諦めをひろった日

アニメや漫画の世界に出てくるような、「清らかな」小学校に通っていた。女の園。着崩すことを許されない、揃った制服。朝と夕方、そして食前食後の長い長いお祈りを淡々とこなし、週に2回は聖堂。先生にタメ口などもっての他で、通り過ぎる際には「こんにちは」と挨拶しなければならない。そういえばあの校内をウロウロしていたシスターたちは、今思えば教員免許を持っていたのか不明だ。もちろん娯楽は厳しく制限されていて、エロ漫画「げっちゅー」を回し読みしていたことがバレた時は視聴覚室に4時間ぐらい閉じ込められ、様々な先生に代わり番こで叱られた。

小学生の時のわたしは、実物の男性との接し方が全くわからなかった。その反動からか、テレビに出て来た自分好みの男性芸能人の名前をコレクションする『わたしの好きな男』と表紙に書かれたノートを隠し持っていたりしたけれど、実際の男性と接する機会も父と兄弟以外ほとんどなかった。

 

6年生になったわたしは、げっちゅーの件や度重なる不祥事によりエスカレーター式の中学に通うことができなくなり、受験をすることになった。しかし自力で合格できるほどの学力は無かったため塾に通った。木登りをするだけで「はしたない」とシスターに叱られていたようなわたしだったが、初めて教室に入った時は、奇声を発しながら物をぶつけ合う男子たちを見てその有り余るエネルギーにただただ圧倒されてしまった。

塾は日曜日に無料で自習室を解放していた。教育熱心だった母に言われ、わたしは毎週日曜日の昼間自習室で勉強していた。いつも同じ時間に何人かの生徒が勉強していたのだが、その日の利用者はわたしと、わたしの席の前に座るもう一人しかいなかった。トイレに行くために席を立ち、なんとなくどんな人だろうと確認してみる。なんと彼は『わたしが好きな男』ノートの一番目立つところに書いてある男性芸能人と顔がそっくりだったのだ。胸が脈打つのがわかり、頬がみるみるうちに赤くなっていくのがわかった。

トイレから帰ってくると、彼がなんと少し前の席に移動していた。とっさにわたしはしなければならない衝動にかられ、物音をなるべく立てないように、彼が前に座っていた席へ向かった。まだほんのりと温かい学習椅子が置かれた床に、短い髪の毛が落ちていた。もう一度顔を上げて、彼の丸まった背中を確認する。そして素早く髪の毛を拾って、自分の席に持ち帰りティッシュに包んでバッグに入れた。

 

次の授業の日、塾に到着すると大量の男子たちの中で彼を見つけた。他の男子は今日も消しゴムを投げあったり他の女子にちょっかいを出して遊んでいたが、彼だけは物静かに前を見て歩いていた。もちろんその姿をずっと見ていた。途中で少し話したことのある女子が彼に駆け寄り、何かを話す。2人は少し話してから別れ、彼はそのまま一番勉強ができるクラスの教室に吸い込まれて行った。

あの日以来、子供部屋の机に行くことはわたしの楽しみになった。その日も家に帰り、勉強するふりをして椅子に座る。ティッシュの包みをそっとほどき、時々指先で持ち上げてみたり、先っぽをさわってみたり。そして息で吹き飛ばされないように優しく話しかける。本当は学校を辞めたくないことを、塾のうるさい男子とは違って勉強ができてすごいねということを、懲りずにまた借りた漫画がどんなに面白いかを、話し続けた。次の日も、その次の日も。

友達に便乗したらちょっと話せたのかもしれないけれど、女子校育ちのわたしはそもそも男子への話しかけ方がよくわからなかった。無理に話しかけて気持ち悪がられるよりも髪の毛に話している方がずっと気が楽だった。たとえこの先ずっと話せなくても、あの日運良く彼の一部を拾えただけで、まあいいかなと小学生ながら思った。

 

中学に入ると男子としゃべれないなんてことは無くなったけれど、女子校に守られていたマインドは十数年経った今も全く変わらない。とにかく男性と何かあるたびに、ずっと似たようなことを思ってしまう。一緒の通学路だったからまあいいか。出会えたからまあいいか。朝まで一緒にいれたからまあいいか。ていうかむしろここまで進展したことがすごい。そうやって節々を切り取って最後のページを無理やり貼るように結果をつける。自己主張をしたり状況を変える努力をするのではなく、自分に、そして男性に、初めから小さく諦めている。

というような話を今日友達にしたら、「どんだけひねくれてんだ」とびっくりされてしまった。