平日ではない名前

ゴールデンウィークの間、わたしは完全に西片例だった。

 

何を言っているか理解できないと思う。わたしもあまりわかっていない。

西片例という名前は、わたしがわたしにとりあえずつけた名前だ。この名前は非常に便利で、絶妙に本名っぽいから本名と思われることもあるし、でも本人はHNのように様々な場面で多用している。

この連休の間、本名の殻を脱ぎ捨て、わたしは思う存分西片例をやった。2年ぶりとなる展示。その前後の準備で、西片例として使用する機材や工具を購入した。西片例として知り合った友人と会った。途中でお腹が空いて、わたしは西片例の体に食べ物を詰め込んだし、その食べ物は西片例が排出した。なんか楽しくなって、はてなブログのデザインを変えたり、次回の発表について考えたりもしていた。

仕事で忙しくしてると、それ以外のことがどうしても疎かになってしまう。西片例もそうで、創作する意欲が全くなくなってしまって、ツイッターに短文を書き込むのすら嫌になってしまう。しかしそんな自分から距離を置くことで、わたしは心から西片例を楽しんだ。

 

今日は少し会社で仕事をした。9日ぶりに戻った机はどうしてこんなにとっちらかっているのかがわからなかった。まるで1000年くらいほったらかしにされていたかのような、不思議な孤立感を醸し出していた。座って作業してみても、靴下が裏返っていることを知らずにそのまま履いているような違和感がある。ついこの前までここに1日座って作業したり、電話を取ったり、ご飯を食べたり、全てをしていたのに。思い出せない。

 

しかしこの机もあと一週間経てば、また本名の自分で汚されていくのだろう。本名の自分とは所詮、平日の自分を言い換えただけだ。その事実に気づいて悲しくなって、わたしは、西片例をまだやりたいなと思った。

 

2年前に作った西片例の名刺が、2日間の展示で見事に捌けた。次いつ西片例として人に会うのかわからないけど、追加で入稿しておいた。到着は木曜日。せめてそれまでには、わたしが平日のわたしに毒されていませんように。

作品「the empties(仮)」について

明日と明後日、修了ぶりに新作を発表します。

題名は「the empties(仮)」。明日ちゃんと決めます。

以下、概要文的なやつ

 

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なにか目に見えない、でも大事な時間がものすごいスピードで進んでいることはわかる。ニュースによるとどうやら時代は本当に変わるらしい。日々がどんな形であるかも全て把握しきれぬまま、知らぬうちにふっと消えてしまいそうな気がした。

 

だからただ記録しておきたいと思った。もう永遠にやってこない平成30年、27歳、この狭いワンルームで生きていたという事実を。

 

毎晩コンビニで購入するドリンクをメディアとし、生活を記録する。

封を開けて中身を飲み干し空になるまでの時間を蓄積してきた。

 

開けられた封は、もう二度と閉じることはない。ものがわたしを経験し、わたしとともに風化していった過程を、いまここに蘇らせる。

 

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展示概要

展示期間:5/3-5/4

イベント名:SICF20 https://www.sicf.jp/information/

場所:表参道spiral 3F 

goo.gl

 

 

朽ち果てるその前に

19歳の時、予備校に行く道で顔からコケて、前歯が少し欠けてしまった。すぐさま周りの大人に歯医者に連れて行かれ、欠けた部分を補うように詰め物を施し、元どおりの前歯の形に仕立ててもらった。

時は過ぎ22歳の頃、学食でカレーを食べていたら、その前歯の詰め物が取れてしまった。歯医者へ行くと、詰め物の隙間から食べかすが入り、虫歯ができてしまっているとのことだった。大人虫歯によくある事例らしい。詰め物の色は変色しなんとなく違和感があったので、取り替えるのはちょうどいいと思った。4年前に割れた場所を少しだけ削り、少しだけ大きな詰め物に付け替えてもらった。

さらに時は過ぎ25歳の頃、大学院でポテチを食べながら作業していたら、前歯の詰め物が取れてしまった。歯医者へ行くと、詰め物の隙間にまた少しの虫歯ができているとのことだった。紅茶にハマってステインで元の歯が少し茶色くなったせいか、詰め物との境目も目立って来ていたので、ちょうどいいと思い、6年前に割れた箇所をまたさらに少しだけ削り、さらに大きな詰め物に付け替えてもらった。

そしてさらに時は過ぎ27歳、会社で夜ご飯を食べていたら、前歯の詰め物が取れてしまった。20時を回っても営業している歯医者をなんとか見つけ出し、すぐさま駆け込んだ。案の定、詰め物の隙間には少しの虫歯ができているとのことだった。紅茶はもう飽きたし詰め物も変色してまるで毎日歯に何かが挟まっている人みたいでとても違和感があったのでちょうどいいと思い、8年前に割れた箇所をもう少しだけ削り、さらに大きな詰め物に変えてもらった。

「詰め物が大きくなって欠けやすくなってますから、固いものはあまり食べないようにしてください。欠けたらまた取り替えますけど、もしあまりに欠けるようでしたら被せる方法も考えますので、その時は言ってください」

前歯のこれからについて言及されたのは、これが始まりだった。

 

身体に精神が追いつかなくて、自分は歳を取らないと信じている節がある。半年前、アラサー用のパックを初めて試してみた時、あまりのフィット感を信じたくなかった。健康な皮脂も、歯も、髪も爪も、いつまでもあるものだと思っていた。

もうわたしの体は成長しない。あとは朽ちていくのを待つだけだ。

その朽ちて行く身体をなんとか維持するため入れ替わり立ち替わり人工物を継ぎ足しているけれど、その度に自分の細胞の面積を擦り減らしている。そのせいで1つの細胞の集積所が、立ち退いてしまいそうになっている。

こんなこと意味があるのだろうか。でも維持しなければならない。まるで綺麗な時間だけが自分の前を常に通り過ぎているように見せていたいから。

19歳の過ちはもう戻ってこない。今のまま止まってもくれない。時間は進むのみ。3回目25歳の時までは買えなかった電動歯ブラシとちょっといい歯磨き粉で、これから自分の前を過ぎ行く時間を、永遠に綺麗に見せることはできるだろうか。

糸をかき分けて

実家を出たと同時に、必要のない縁は全て切れたと思っている。それと入れ替えにいい縁も舞い込んで、わたしの周りはだいぶ整理整頓された。


実家にいた頃は逆で、縁で溢れてた。大事な縁も、そうじゃない縁も。家族とは反りが合わない、担任は会えば進路相談の話をしてくる、クラスメイトは一度ハブられてから本当の友達だと思えない、まだ10代なのに求婚してくる彼氏には困ってる。身の回りの人間関係がまるで整理整頓されてなくて、ぐちゃぐちゃになった糸みたいに絡まっていた。とにかく自由になれる場所を常に探していた。ぐちゃぐちゃをすべて切るほどの勇気はなかったから、かき分けるだけで見渡せる世界を。

 


 17:30、新宿駅東口の改札を降りる。18時コマ劇前の待ち合わせにはまだ早すぎるので、地下改札前のランキンランクイーンでも見ながら時間を潰そうとしていた。

『もう着いちゃって暇ー。誰か着いてる?』

チャットのスレッドに高速で打ち込む。ガラケーのブラインドタッチは得意分野だった。今日の参加者を確認しようと、書き込まれた参加者リストを探そうと連続で▼ボタンを押していた時、後ろからとんとんと肩を叩かれた。

「イルカちゃん?」

「ぴーすけ!今日来るんだね、知らなかったー。」

『ぴーすけ』は、県外の大学に通う大学生。留年か休学かよくわかんないけど、とりあえず大学で問題を抱えてるらしい。背丈がわたしと同じくらいで、モッズコートを着て無精髭を生やしている。

「俺は大体毎回参加だよ。イルカちゃんも毎回参加でしょ。コマ劇前にいけばもう誰かしらいると思うから、行こう」

「うん!」


夜が始まる前のコマ劇前はいくつかのグループが円を作っていて、ぴーちゃんは一番真ん中の円に飛び込んで行った。

「お前らもう集まってんじゃん。イルカも捕まえたから拾ってきたわ。」

サークルを作る10人程の顔をざっと見ると、見慣れた顔を見つけた。

「あっ、みるちゃーん!」

『みるちゃん』はわたしのことを一番可愛がってくれるお姉さんだった。ピンクのイヤリング、ピンクのカチューシャ、ピンクの爪といったようにピンクのアイテムをよく身につけている、かわいらしい女性だった。

「イルカたん久しぶりだねえ。元気だった?」

「うん!みるちゃんに会えてうれしー!」

わたしとみるちゃんがハイタッチしながらぴょんぴょん跳ねるのを、ぴーすけは笑いながら見ていた。


サークルはぞろぞろと近くのカラオケ店に向かう。わたしたちはこうしてチャット上でカラオケの約束を取り付け、歌うだけ歌って解散するという会を頻繁に行なっていた。

「俺ACだよ。イルカちゃん、ほんとにJKだったwww」

「あ、あなたがAC?はじめまして!」

チャット上で何度も絡んだ人と初めて会うこともあった。でも書き込まれた文字に置き換えるとそんなに違和感がない。わたしたちは初対面でももう何度も会話してるみたいに、自然に話すことができた。

大部屋に移され、すぐさまドリンクバーへ向かう。まだ寒いのでホットココアを小さなマグカップに入れる。おしゃべりに夢中で、大抵飲む頃には冷めてしまっているのだが。

部屋に戻るとすでにカラオケは始まっていた。男性の比率が高いためか、部屋はうっすら蒸気を帯びている。当時流行っていたエロゲーの主題歌を男の声で歌う盛り上げ役の『じゅんた』。それを見て「テラワロスwww」と少し大きな声で言う『そさりー』。ワロスって口に出すとそう発音するんだ、と思って、わたしもそさりーの真似をして「ワロスwww」と言った。

大音量の音楽が流れる空間で、大した会話はできない。学校の話も身の回りの話も、天気の話みたいな其の場凌ぎの話は全て歌声の濁流に流される。だからいつも大声でわざわざ話すことといえば、チャットでしていた他愛もない話の延長線上。それも、実際に会ってしゃべると格別に楽しい。誰かが煙草を吸っている。あの箇条書きに並べられたハンドルネームの誰が煙草を吸うのだろう。煙臭くなる制服のスカートを少しだけ気にしながら、リアルとバーチャルの狭間で、わたしはお腹が痛くなるくらい笑っていた。


8時が近づいて来た。この楽しい会を、わたしはもう出なければならない。こういう時、門限と言うのがはずかしくて、「明日も朝早いから」と言って帰る。

毎回みるちゃんも同じ言い訳で帰るのがうれしかった。今日はなぜかぴーすけも付いてきたので、3人で一緒に帰ることにした。

明日から、いやあと何十分後かから、現実が再開する。本当はみんなとまだカラオケしてたい。でもこんがらがった糸がこちらに引き戻そうとする。2人もほんとはまだカラオケしたいと思ってるのかな?わたしみたいに門限があるならわかるけど、大人が早く出てきた理由がわからなくて、なんとなく

「そういえば、みるちゃんって普段なにしてるの?」

と聞いてみた。みるちゃんにプライベートなことを聞いたのはこれが初めてだった。

「みるは何もしてないよ。」

返ってきた言葉がよく理解できなくて、ふーん、と返した。

「みるには色々あるんだよ。」

ぴーすけが何かしら含みのある言い方をする。急に色々と聞いてみたい気持ちになった。当たり前だけど、みるちゃんにもぴーすけにも生活があることを思い出したのだ。でもすでにまずいことを聞いてしまったかもしれないと思って、みるちゃんにごめん、と言った。

「謝らないで。ぴーちゃん、そういう話はいいから。」

「そうか。俺もいろいろあるしな。今日楽しかったな!」

「ぴーちゃんの話は聞いてないよwうん!またカラオケしようね。」

「またいこーねー!」

花びらを伴った追い風が吹く。まだ始まったばかりの歌舞伎町の夜を尻目に、わたしとみるちゃんとぴーすけは駅に吸い込まれて行った。

血を抜かれた日

10代の頃、知らない人と会っていたのは暇だったからだと話すと、東京の子っぽいなあと言われた。自分は生まれてこのかた東京でしか暮らしたことがないので、はあ、という感じなのだけれど、本当にあの頃会ってた人たちって、この自分じゃ埋められない時間をただ埋めるための人たちだったから、どんな人が来たかとか、正直それほど覚えていない。

でも、そう考えたいだけなのかもしれないと思う。だってたしかに封じたはずなのに、いまだに記憶が存在しているような気はする。なかったことにしたくて、取り急ぎその証明までしに行ったのに。

 

新宿の雑居ビル低層階。真っ白い蛍光灯の下、待合室は肩と肩が触れてしまいそうに狭い。少しやぶれかけた黒い合皮のソファに座って、わたしは自分の番号が呼ばれるのをじっと待っていた。

 

きっかけは、たまたまとあるHIV患者のブログを発見したことだった。かつてHIV患者は同性愛者の病気だと言われて来た時代があって、正直知識のなかったわたしもそんな認識だった。まさか自分がなると思っていなかった、と繰り返していたブログの主は、異性愛者だった。

ふと昔のことが頭を過ぎった。高熱、帯状疱疹、疲れ・だるさ。数えきれない「次の日」の中で、そういえばそんなことがあったような気がする。あれは狭いベッドでぎしぎしと身を寄せ合ったただの名残なのか、それとも病魔に蝕まれ始めたサインだったのか。

 

しばらく目を瞑っていた。身体に何か起きていたらあの頃のわたしが染み付いていることになるけど、もし何も起きていなかったら、今までの日々のことは全てなかったことにしよう。そう、あの日々はわたしだけが知っている思い出。わたしが忘れられれば、もう存在しないと同じなのだ。今日をもって潔白を証明し、新たな人生を歩もう。そう考えていると自分の番号が呼ばれたので、意を決して、カーテン奥の空間へ入った。

 

言われるがままに左腕の袖をまくる。チクっとしますよ。全身を流れる血は、太い注射針に繋がれたチューブを勢いよく通ってゆく。突然目の前が真っ暗になって、医師の姿が映し出された。愕然としている自分。手元には診断書。さすがになっていないだろうと思っていたし、もしかしたらそんな気もしていた。治るかわからない病気を患う恐怖でいっぱいになる。この直後半分の確率で起こりうることを受け入れる自信がない。なんで身体に熱を持ったあの日、だるいと思ったあの日、病院に駆け込まなかったんだろう。なんで自分のしたことを受け入れず今に至ったのだろう。これから起こることが怖い。怖すぎる。

わたしは気づいたら肩で息をしながら泣いていた。

「大丈夫、怖くない怖くない。」

看護士さんはその涙の訳を知っているのか知らないのかわからないような口ぶりで、でもあやすように背中をさすってくれた。カーテンで仕切られた空間に、ポンプの音がドクドクと鳴っていた。

 

地獄のような待ち時間を3時間ほど過ごしたあと、もう一度病院戻り、そのまま帰宅した。手には陰性と書かれた紙を持って。

血まで抜いて検査したら、クリアになると思っていた。実際、あっという間にクリアになった。あるか、ないかが。「見える」という意味ではクリアになったけど、これは「なかったことにする」という意味でのクリアでは無い。それに今更気づいてしまった。

 

わたしはまだ「暇だったから」以外の理由を見つけることができない。多分あの血を抜かれた日、病気への恐怖で本当の理由を忘れてしまったのだ。なかったことにできないまま。もうあの頃のわたしに、どうしてあんなことを繰り返したのか聞くことはできない。血はまだ、わたしの体内の隅から隅をぐるぐると巡っている。

チョコレートの憂鬱

先月から重ねた逢瀬は、いまのところ毎回着実に結果を出していた。おかげで今わたしたちは、旬のとろけかけの一番甘い部分を渡っている。この甘い部分の続きを味わうために、わたしたちはそろそろ、この関係に名前をつけることになるだろう。

2月。年末の溢れる多幸感とは違う、期待と欲望のソワソワが街を支配する。クリスマスから尾を引いたイルミネーションが、冬の最後を彩る。窓にうつる青白いキラキラを横目に、目の前の席で繰り広げられる議論をじっと聞いていた。

「絶対期待してるから渡した方がいい。」

「食事のお礼だと考えれば大したことない。」

毎年訪れるこの時期に順当に参加してきた者たちから出る、的確すぎる指摘。反論の余地はない。


昔からチョコの季節にはあまりいい思い出がない。まず食べたら必ずお腹を下す。鼻血を出す。

スキンケアショップの店員に勧められたチョコの香りのスクラブは、塗ってすぐに吐き気がしてしまいそれ以来使っていない。チョコの香りって、なんか人間の体臭っぽいのだ。脂がそうさせてるのかわからないけど、シャワーの湿気と絡みつくと最大限にその独特な香りが引き出される。

クリスマスの陰に隠れて忘れていたが、思えばバレンタインデーもあまりうまくいかないことが多かった。何かと関係がこじれる時期がたまたま2、3月が多く、そのせいで、迎えられなかったバレンタインデーや、返してもらえなかったホワイトデーのことを芋づる式に思い出した。


リア充爆発しろ」という言葉が流行った時期があって、インターネットで友達を見つけていたわたしは、もちろん得意になって使っていたうちの一人だった。その言葉を叫ぶことで、同じように叫ぶ仲間と謎の固い結束を交わしたような気がしていた。そうさせたのは、先述の失敗や悪い思い出が半分、かっこつけたい気持ちが半分。でも大人になってもそれは解けるどころか誰との結束かも忘れそのままわたしの中にかさぶたのように残ってしまい、煌びやかなショーウィンドウのことが本当は気になっても、吐いて捨てるような眼差しが体から先行してしまうのだった。


自分でも驚くようなスピードで進むのは、チョコで盛り上がるこの季節のせいかもしれない。たかがチョコ、されどチョコ。そのわざとぞんざいにした思いが、わたしの色んな節目を、暗く深い場所に置き去りにしてきたような気がする。だから、あの2人の言うこともわかる。多分このチョコを渡したら変わる。わたしたちの関係の名前も、渡っている場所も。そのどれかが変わったらきっと、悪い思い出半分、かっこつけ半分のわたしとは離れることになるだろう。

そういう皮肉たっぷりの目線で見てきた今までの世界も悪くなかった。だから、本当はまだ素直になりきれていないぞ、と言い聞かせながら、紙袋を右手に横断歩道を渡った。

冬の花火

人はどこからがマトモなのかわからないけれど、「友人の紹介」で「マトモな人」と出会ったのは今年のはじめ。

出会ったというより、強制的に出会わされた。知らないうちに「友人」に、水曜日の夕食を誰とどこで食べるかを勝手に決められていたのだ。親切。おせっかい。幸せの押し売り。ぴったりの言葉が見つからなくて、わたしは怒っていた。確かに外から見たらメチャクチャな生活なのかもしれない。誰かと友達以上の関係を築くのがどうにも面倒で、いろんな部分をすっ飛ばしてきた。快楽だけとか。楽しい部分だけとか。ここ最近も相変わらず、ネットで出会った人と数珠つなぎのような夜を重ねたり、昔の友人と体を重ねたらそれっきりになってしまったり。関係には名前すらつかない。

でもわたしはそのライトさがファーストフードみたいで結構好きだ。自分からそういう世界に足を踏み入れている。だからみんながみんな誰かのものになりたいわけじゃないんだよと。それは本音だった。強がっている訳じゃなくて、誰かのこと気にするとか、常に誰かと一緒にいるとか、そういう余裕が無い。その気になったら自分から動くからさ。ほっといてくれよ。

 

半ば囲い込まれたみたいな状況で青山に降り立った。午後8時の246を歩いていたら、太ももの内側が歩くたびこすれることに気づいた。1年前は感じなかった、自分が重力に負けてきている音。

 

真冬の風は優しい人を連れて来て、きのこのポタージュは怒りを鎮めた。聞けば、彼もよくわからないまま青山に送り込まれたという。被害者同士で話はそれなりに盛り上がり、夜はふけていった。

このままわたしの信頼に彼の信頼を重ねて行けば、二人はそれなりにいい感じに収まる予感がした。そして何年間か、あるいはそれ以上、それっぽい生活を送ることができるかもしれないと。子供の頃描いていた27歳って多分そういう感じだった。そろそろ落ち着いて、人のことを見つめられる余裕が出てくる歳。そんな生活、意外と悪くないかも。そう思って大通りでタクシーに乗ろうとした時、はっとした。

つまり、花火はもうできないってことかな。

流れる街明かりを横目にタクシーの中で考えていた。キラキラしたものを追いかけて、ズタズタになった日々のこと。待ち合わせのドトールや、ゴミ箱に捨てたクレンジング。置いていた食器や、盗み見できなかったスマホ。あんなに嫌だ逃げたいと思っていたのに、何年も昔につけられた傷跡を見つめ愛おしく感じている。気づいたら、ああいう日々からもう随分遠くまで来てしまった。

 

冬は空気が澄んでいるから、夏よりも花火が鮮やかに見えるらしい。わたしは口をぽかんと開けながら、花火の数を数えている。夏より随分少なくなった花火を、目に焼き付ける。ふとももの内側の肉が擦れすぎて、地面に向かってどろどろ垂れだした。まだ見つめていたいのに、花火はもうしゅうしゅうと終わりの音を立てている。